2004年11月01日

毒の話2 ―食物の中の毒―

毒の話シリーズ2回目

今回は前回の終わりに触れたとおり、食べ物の中に含まれる毒についての話だ。


食べ物の中に含まれている「毒」というと皆さんはどんなものを想像するだろうか?
残留農薬?ダイオキシン?それとも食べ物自体の有害成分?

どれも正しい。
しかしその中のどれが一番危険だろうか?
アメリカで行なわれた研究で、アメリカ国民が日々摂取する食品とその発がん性リスクを調べたものがある。
英語で、しかも見慣れない単語が多いと思うが興味のある人は読んでいただきたい。
http://potency.berkeley.edu/pdfs/herp.pdf (要Acrobat Reader)

簡単に説明しておこう。
この発がん性試験では、ラットとマウスを使って様々な食品の発がん性を調べ
それを人間に換算した量を指標としている。
発がん性の高さは、アメリカ人の平均摂取量を、動物実験換算の人の影響量で割った
HERP(人の被曝量/げっ歯類換算の発ガン濃度)という指標で示される。

例えばマウスに0.1mg/kg(摂取量/体重)の濃度で発がん性が見られ
人の被曝量(一日に晒される量)が0.02mg/kgのとき、HERPは20%となる。
この数値が高ければ高いほど発ガンリスクが上がる。

さて、発がんリスクの高い物から順に見ていこう。
これまでの常識がひっくり返りかねないので、十分に心がまえをしてからどうぞ。 
 
―アメリカ人が摂取している発がんリスクのある物質―

まず四塩化炭素、ホルムアルデヒド、トリクロロエチレンなど
ニュースにもたびたび登場する環境汚染物質がトップ顔を出している。
これは納得していただけるだろう。
ところが、なんと睡眠薬がそれらを押しのけて上位に立っている。
有害成分はフェノバビタール。農薬なんか比較にならないほど強い発がん性を持つ。
しかしこれが同時に有効成分でもある。

良く見るとホルムアルデヒドやトリクロロエチレンと変わらない位置にアルコール類が顔を出している。
ビール、ワイン、その他アルコール全般。
危険といわれるトリクロロエチレンやホルムアルデヒドと変わらないような
強い発がんリスクを示す量のアルコールをアメリカ人は摂取している。
日本人とてそれほど変わりはないだろう。


それらの下に次に出てくるのが家の中の空気。
家の中の空気にはホルムアルデヒドが溶けている。いわゆるシックハウスというやつだ。
無論これも体に良くない。

もう少し下に行くと見慣れた食べ物の名前が出てくるようになる。
コーヒー、レタス、オレンジ、トマト、リンゴ、セロリ。
みんな発がん性物質を含んでいる。
農薬やダイオキシンが入っているのかって?
残念、ハズレだ。

野菜に含まれる発がん性物質のうち、もっともリスクが高いのは、実は野菜自身が作る物質だ。
農薬はもっともっと、かなり下の方にいかないと出てこない。

野菜も元は自然に生えていた植物だ。
動物や昆虫に食べられないよう自衛する必要があった。
植物の中には食べられないよう体に毒を貯めるという手段を取るものも出てくる。

カフェイン酸、リモネン、アリルイソチオシアネート

こういった成分はコーヒーや野菜のうまみ成分なのだが
同時に強い毒性も持っている。
前回も言った様に、例えばカフェイン酸ならコーヒー100杯分であの世行きだ。
多いと思うだろうか?単体だとたったの20mg。1円玉の1/50の重さしかない。
睡眠薬の危険度を10としたら環境汚染物質やアルコール類が0.5〜5といったところ。

食べ物のリスクが高めの物で0.01〜0.2

肝心の残留農薬やダイオキシンはというと…
ひところ話題になった農薬のDDTが0.002、これはニンジンと同じ数値だ。
ダイオキシン類のTCDDが0.0007、これはベーコンと同じ数値。
農薬類はさらに桁が下がらないと出てこない。


これは一体どういうことだろう?
農薬よりも食べ物自身のほうが危険?


そんな馬鹿なと思うかも知れない。
しかし良く考えてみて欲しい。
生き物の体内では常に複雑な化学反応が進行しているのだ。
いわば生物は小さな化学工場である。

農薬で守られるようになったとは言え
昔は植物も自分の身は自分で守らなければならなかった。
毒によって身を守ることは植物にとっては当たり前のサバイバル戦略なのである。

じゃあなんで虫は野菜を食べているのかって?
良く観察してみよう。植物の種類ごとに付く虫は決まっている。
こういった虫たちは植物の毒に抵抗できるようになった者たちなのだ。
中にはアゲハチョウのように、他の生き物が絶対に食べない植物をわざわざ好き好んで食べる変わり者もいる。
競争の心配がなく安心して暮らせるからだ。

ついでに言えば、農薬で守られている野菜よりも
有機栽培で作った野菜の方がこうした有毒成分は多くなる。
当然だ。野菜は自分で自分の身を守らなければならないわけだから。
有機栽培よりも農薬を適切に用いた方が安全な野菜ができるという皮肉な話だ。
(もっともこれらの成分は同時に野菜の味の成分でもあるので、味は落ちるかも知れないが)


それでも、「農薬だって危険なんでしょう?」とまだ納得がいかない人もいるかもしれない。
確かに危険だ。直接皮膚についたり吸い込んだりしてしまった場合は。
こういう摂取の仕方をしてしまうと農薬が直接血管に吸収され、長期間さらされ続けた場合は一部の農家の人がそうなるように、健康障害を起こすことになる。

では、収穫して店に並んだ野菜なら?
確かにごく微量の農薬は残っている。
しかし、水で洗い、皮をむき、火を通した頃には10分の1も残っちゃいない。
元々大した量でないのに、さらに少なくなってしまうのだ。
そもそも現在の農薬は速く効き、速く分解することを心がけて作られている。
一昔前の、一度播いたらずっと残るような農薬とは違うのだ。
とくに現在は残留農薬の試験を行なう時など、すりつぶした野菜の汁で農薬が分解してしまうほどで、分解を押さえるための薬品をわざわざ入れておかないといけないほどだ。
野菜本来の有毒成分に比べれば何の心配も無いのである。


最後に食物の毒性についてもう少し補足しておこう

多くの野菜は毒性物質を含んでいる。その中には発がん性物質もあり残留農薬よりもはるかにリスクは高い。
有毒成分が入っているのは何も野菜に限らない。あらゆる食べ物には有毒成分が含まれているのだ。
「100%安全」な食べ物などこの世に存在しないのである。


じゃあどうすればいいのか?
何を食べればいいのか?

日本では年間七千人もの人間が交通事故で無くなっている。
しかし、交通事故に合いたくないからといって外に出ない人はまずいないだろう。
交通法規を守り、体調に気をつけて注意力を保つことで事故のリスクは格段に小さくなる。
食べ物のリスクもそれと同じだ。何が危険で何がそうでないかを見極め
リスクを最小限に押さえるよう努力する。

そのために必要になってくるのが知識だ。
知識があれば危険を予測できる。
だが世の中には実にいい加減な知識が広がっている。
農薬に関する様々な誤った知識。
迷信まがいの民間療法、怪しげな健康食品。
全て根は一つ。正しい知識が広まっていないことが原因だ。
まがい物にすがったばかりに治る物も治らなかった人間がどれほど多いか。
どうか正しい知識を身に付けて頂きたい。

次回はリスクのコントロールについて話そうと思う。


―追記―
毒性学や農薬について自分で詳しく調べてみたい方のため、以下の二つのサイトを紹介しておく。
どちらもこのブログなど比較対象にならないほど深く問題を掘り下げている。
http://www.yasuienv.net/
http://members.at.infoseek.co.jp/gregarina/index.html

◆関連記事
毒の話1 ―毒性学―


◆推薦書籍

環境リスク学―不安の海の羅針盤: 本


<修正2006/06/03>睡眠薬のピルを避妊薬のピルと取り違えていたので修正
posted by 黒影 at 19:06 | Comment(9) | TrackBack(2) | バイオトピックス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
  1. すごく面白かったです!
  2. Posted by 加藤 at 2005年12月03日 12:56
  3. 毒の話シリーズ、大変参考になりました。
    お忙しいと思いますが
    是非、3〜以降もよろしくおねがいします。
  4. Posted by 長患い at 2006年05月24日 20:17
  5. phenobarbital フェノバルビタールは
    バルビツール酸系の抗てんかん薬で
    睡眠薬 sleeping pillとして使われることもあります。
    pill = 経口避妊薬は誤訳です。

    ちなみに
    clofibrate クロフィブラートは
    フィブラート系の高脂血症薬で
    中性脂肪を下げるときに使います。
  6. Posted by ど at 2006年05月25日 00:20
  7. >ど さん
    orz
    ご指摘感謝します。
    早速直しておきます。
  8. Posted by 黒影 at 2006年06月03日 18:22
  9. 農薬分析の内容に正確でないものがあります。一度まいてそれっきりでいい農薬で、野菜の汁で分解するものもあります。また、分解することで毒性が上がる農薬もあります。
  10. Posted by PF at 2008年07月30日 00:51
  11. 発ガン性の評価ですが、あくまでマウスなどであり、ヒトにとってこの結果が当てはまるかということを証明したものではありません。ヒトという種族が繁栄したのは、そういう毒性のある食べ物も食べられるようにしてきたからで、マウスと同じ肝臓の代謝機能と考えるのはおかしいと思います。「生き物の体内では常に複雑な化学反応が進行しているのだ。」とご自身も言われている通りです。実験時の餌でさえ、人間はそんなものは食べないし、食べ合わせで複雑な化学反応が繰り広げられるよね。常在菌も違うか・・・正確性のある疫学調査の方が真実みはあるのですけど。

    それと、昔はみんな無農薬でしたが、だから昔のヒトは短命だったわけでもないでしょう。
    ちなみにあっち側のヒトではありません。
  12. Posted by PF at 2008年07月30日 01:18
  13. 天然のトマトなどの野菜で実験したとのことですが、この実験の有効性がわかりません。日本における天然添加物の安全性審査では、専門家は産地、品種、季節変動、生育条件により、生成物質は安定しないため、非常にその安全性実験は困難を極めたそうです。単独成分であれば結果は出しやすいかもしれませんが、数十万もの物質の集合体などどう評価したのでしょう。
  14. Posted by PF at 2008年07月30日 01:30
  15. 必要に迫られて再読しましたが、非常に上手くまとまっていて助かりました。
    現時点で、毒性学でググると上位にくるようなので、そちら対策でコメントに横レスしておきます。

    >>PFさん
    「昔」の定義も「短命」の定義も不明ですが、50歳以下でほとんどの人間が死んでいた時代ならば、ガンによる死亡率はそもそも低いでしょう。

    HERPは、指標の一つであって、任意の食物を摂取するときのリスクを示した値に過ぎません。マウスによる実験結果を、そのまま人間には適用できない、というのは、正直な話、わざわざ説明するまでもない前提です。安全率という概念を参照してください。

    ちなみに、記事中にある調査は、
    1.アメリカ人が摂取する食物の1日あたりの平均量を算出し、
    2.それらの食物に含まれる物質(成分)を文献から調査した上で、
    3.各成分の発ガンリスクと、各食物に含まれる量から、
    4.発ガンリスク(HERP)を算出してランキングする
    という形式に沿っています。ですから、PFさんの言う、「数十万もの物質の集合体」から、発ガンリスクの高い単独成分を取り上げて調査しているわけです。
    コーヒーなんか、
    HERP0.1%でCaffeic acidが引っかかり、
    HERP0.02%でCatecholが引っかかり、
    HERP0.006%でFurfuralが引っかかり……
    と、何度も何度も出てきますよ。

    食物に含まれる各成分の相互作用による云々……、という話であれば、HERPの指標では測れませんので、そもそも、この調査の範囲外です。
  16. Posted by ジー at 2009年09月25日 07:50
  17. そういや日本の水道なんかも、年間数人にガンが発生する程度の安全性だよね
    かといってミネラルウォーターの方が安全というわけではないが
  18. Posted by 通りすがりの変態 at 2009年11月14日 14:45
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