そこで備忘録を兼ねて記事をクリップしておこうと思う。
インテリジェント・デザイン・ネットワークの言い分を読んでみる(1)
インテリジェント・デザインを主張する団体のひとつに、インテリジェント・デザイン・ネットワークというものがある。生化学のウィリアム S ハリス博士と弁護士のジョン H カルバート法学博士の共同品で、検索エンジンにそれなりにひっかかるので有名どころなのかもしれない。で、彼ら推奨のドキュメントが、共同代表者2名による「Intelligent Design: The Scientific Alternative to Evolution」というエッセイ。
彼らの立ち位置を明確化している前半部分からわかることを書いておこう(読んだという証拠として、和訳をつけておく)
相変わらず素晴らしい仕事をされている。
インテリジェント・デザイン・ネットワークの言い分を読んでみる(2)
前エントリに続いて、インテリジェント・デザイン・ネットワークの言い分を読んでいく。今回は「デザインの検出方法」についての部分。
インテリジェント・デザイン・ネットワークの言い分を読んでみる(3)
前々エントリ&前エントリ
に続いて、インテリジェント・デザイン・ネットワークの言い分を読んでいく。今回は「インテリジェント・デザインを支持する証拠」についての部分。
前述のように、もつ2つしか可能な説明方法がないなら、一方に否定的な証拠は、他方に肯定的な証拠となります。
この部分にあごが外れるかと思った。科学というものを理解していないとしか思えない。
インテリジェント・デザイン・ネットワークの言い分を読んでみる(4)
前々々エントリ&前々エントリ&前エントリに続いて、インテリジェント・デザイン・ネットワークの言い分を読んでいく。今回は「インテリジェント・デザインへの反論への反論」の部分。 というより、リチャード・ドーキンスを攻撃する部分。
こういった言い分を見ると、向こうのID論者の多くはインテリジェント・デザインを説きつつも、実は真にインテリジェント・デザイナーが自分達の目の前に現れることを欲してはいないのではないかと思うときがある。
なぜならそれは彼等が望む存在ではないかもしれないからだ。
ある日宇宙人が現れて、「実は地球の生命の種を持ち込んだのは我々だ」なんて言って(スタートレック)、その後の進化の歴史を見せられたり、「淘汰圧の調整で進化を誘導した」(2001年宇宙の旅)などと言われたり、果ては無生物からの生命誘導プロトコルなんかを証拠付きで持ち出されたりするのは彼等にとっては悪夢でしかないのだろう。彼等の主張の端々にはそういったご都合主義の考えが見え隠れしている。
彼等はあくまでも自分たちに都合がいい創造者を夢想しているに過ぎない。
インテリジェント・デザイン・ネットワークの言い分を読んでみる(5)
・生命は偶然の産物でしかない
・もしそうなら、何故、クローンも堕胎も安楽死も脱税も殺人もしてはいけないか。
という流れだが、前者は"科学"の命題たりうるが、後者は"科学的"な命題ではない。「何をしてよいか悪いか」という判断は、「メカニズムの解明」という「科学の方法論」からは出てこない。「良い」か「悪い」かは宗教か倫理か慣習か道徳か法律の領分だ。
「クローンも堕胎も安楽死も脱税も殺人もしてはいけない」という主張は、科学によって裏付けられることも、否定されることもない。しかし、ID理論家たちは、人生の目的・善悪を科学として語りたがっている。ということは、ID理論は科学ではなく宗教なのだ。
科学と倫理は別物であるというのを誤解している人は結構多い気がする。
自然主義の誤謬という言葉があるように、倫理を科学に依存させようとするとまず失敗する。
これは哲学者の怠慢だろうなぁ。
インテリジェント・デザイン vs 若い地球の創造説
"若い地球の創造説"とは聖書創世記をそのまま解釈し、それを科学的に示そうとするもの。かつて米国で教育の場へ創造説を持ち込もうとした、創造科学"Creation Science"の残党かどうかはよくわからない。彼らは、聖書創世記の記述を踏みにじっていくインテリジェント・デザインが好きではないようだ。
一方、自らを科学と称するインテリジェント・デザイン側は当然、"若い地球の創造説"とお友達だと合衆国憲法に阻まれて教育の場に侵入できないから、違いを強調せざるを得ない。
ということで、ちょっと様子をうかがってみよう....
やっぱり内輪もめがあるようだ。
インテリジェント・デザイナーが神だとは言わないという偽装は..
神が宇宙と生命を創造したというと米国憲法に阻まれて教育の場に突入できないので、「何らかの知性が宇宙と生命の誕生に関わった」に弱めてチャレンジしているインテリジェント・デザイン理論。ただ「何らかの知性」と言ってしまったからには、好き勝手にインテリジェント・デザイナーを想定されてしまっても文句は言えない。デザイナーがエイリアンだと言ってもかまわないはずだ。
では、実際のところ、インテリジェント・デザイン陣営はどう言っているのだろうか。
軽軽しく神を持ち出すこうした輩が、最も神を貶めているような気がするのは私だけだろうか?
インテリジェント・デザインは"God of the Gaps"ではないと言い訳するが
インテリジェント・デザイン理論は"God of the Gaps"論だと批判される。もちろん私もそう考えている。で、この"God of the Gaps"論とは
・科学には解明できないことがある
・それは「神様」のせいなのさ
というもの。「神様」のかわりに「心霊現象」「超能力」「UFO」などいろんなものが入れて、似非科学を量産可能。積極的に自分の領土であることを言わずに、既存の自然科学の領土でなければ自分の領土という国境線紛争論なので、「科学」ではありえない。
いい説明だ。ID理論だけでなくトンデモ科学全般に敷衍できる内容だな。
今度私も使わせてもらおう。
インテリジェント・デザインと有神論的進化論はお友達ではない
インテリジェント・デザインは名称不特定のまま、神様の存在を主張できればよいというものではないようだ。ローマカトリックなどが認めている「有神論的進化論」よりも、保守的らしい。
「有神論的進化論」は神の存在を経験的には検知できないと考えるが、インテリジェント・デザインでは「知的存在」を検知できると考える。これが大きな違いだ。
有神論的進化論は、神は自然の過程を用いて創造をなしたと考えるが、インテリジェントデザインは神の奇跡を主張する。これが違いだと言っている。
ここが一番重要になるポイントだろう。
前者は科学を許容するが、後者は科学と相容れない。
インテリジェント・デザインと古い地球の創造論(OEC)
有神論的進化論という形で、キリスト教と進化論の折り合いをつける考えがあり、これがローマカトリックも認めるところ。にもかかわらず、インテリジェント・デザイン理論が別途存在する。このインテリジェントデザインは、「地球や宇宙の歴史は6000年である」と主張する"若い地球"の創造論とは仲が悪い。
有神論的進化論と"若い地球"の創造論の間にあるのがインテリジェントデザインということのようだが、それは新しい考えというわけではない。その立ち位置には、19世紀から、"古い地球"の創造論というものがいる。
要は創造論者同士の内ゲバですね。
はてなブックマークに収めるだけでは勿体無いので
エントリを使って簡単なコメントをつけながらまとめてみました。
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例えば、聖書の創造の一日は不思議だ。夕となり朝となったと表現している。朝となり夕と表現するのが普通のはずと思いますが、きっと夜というのと何かの暗示をひっかけた可能性が大だと思う。
また、星が途中で出てくるのは逆と指摘する方もいるが、その前に上の水(雲)と下の水と書いてあるから途中で雲が晴れて星が出てきたという地球からの見方なら自然な流れだ。また、そう考えると創造は連続性を持った期間で流れていて前の工程と関係していたっておかしくない。
結論としてこの連続した期間が夜のことかもしれない。また、ある順序性が創造にあることから言ってその前に作った素材を無駄にして奇跡だけで創造するなんて無駄な作業のようにも思えるし、この世界がよく言われる霊の世界と違って時間的世界として作らなきゃならん理由があるなら、相対的、段階的に作るのは自然な成り行きかもとも思う。
カモメの話どこかに書いてありましたがその種の保存のために環境をしぼりこむような機能はあってもおかしくないとは思う。もう少し記事内容をしっかり読みたかったんですが、どこかわからなくなってしまいました。
とりあえず玄人になろうとしている素人ですが、ご迷惑おかけしました。また、もっと勉強して現れるかも知れませんが、私も仕事が忙しいのでここの書き込みはやめます。
聖書には彼らにとっての結論が書いてあり、疑う事は許されない。当然、確認の為の観察や実験など行なわない。
それの何所が科学なのかと。
「ビジネスを活かす・私の聖書体験」のご案内
ご笑覧ください。
http://www4.ocn.ne.jp/~kokoro/