2008年03月22日

バイオテクノロジー戦略大綱の破綻

日経バイオのニュースで知ったんだが、先日バイオテクノロジー戦略大綱の中間報告が出たようだ。
さっそく読みに行ったんだが、思わず「なにこの大本営発表?」と言いたくなるその内容に正直愕然とした。
#中間報告の薄っぺらさ、内容の無さにも愕然としたが。
 
 
◆バイオテクノロジー戦略大綱の破たん
第1回BT戦略推進官民会議 議事次第
関連:BT戦略会議-バイオテクノロジー戦略大綱

さて、このBT戦略大綱は、大きく3つの戦略で成り立っている。
BTfollow0.png
1.研究開発の圧倒的充実
2.産業化プロセスの抜本的強化
3.国民理解の徹底

1の研究開発の充実という部分では、諸外国と比べた場合には色々と言いたいこともあるが、それなりに成果を上げていると私は思う。しかしながら、2の産業化や、3の国民理解に関しては全然ダメだというのが大抵のバイオ関係者の一致した見解だろう。

何しろ2010年に25兆円産業を目指すとぶちあげておきながら、2008年現在で2兆円を少し超す程度。残り3年で1000%以上の成長なぞ出来るはずもない。それどころか、バイオ産業が陰りだした現状では、何とか3兆円に届かせるだけでも大躍進といっていい。それに国民に対する説明を怠たり、感情にまかせた反GMO運動を野放しにした結果、国内にはいまだに反GMO感情があふれており、組み換え作物の栽培はおろか実験施設の建設にすら難儀している。これが国民理解には程遠い現状であることは、素人にすら明らかだ。BT戦略大綱の3つの基本戦略のうち、後者二つはすでに破たんしているのである。

ゆえに私は、当然この中間フォローで、BT戦略大綱のうまくいっていない問題部分を洗い出し、それに対する分析や対処法に関する議論、提言が含まれているものだと考えていた。しかしながら、この中間フォローの内容は、そんな現状をまるで無視したものだった。


◆バイオテクノロジー戦略大綱の大本営発表
下の二つの図が、BT戦略会議から中間報告として出された「大本営発表」である。
BTfollow1.png

BTfollow2.png
この二つのスライドを見ていただければわかると思うが、彼ら(BT戦略会議の面々)は、戦略大綱は何ら問題なく推移していると主張している。後で詳しく書くが、「彼らの基準」なら確かに計画どおり遂行中となるのだろう。しかし問題など存在しませんと言わんばかりのこの内容にはあきれるしかない。
私はこれを見てあきれ、次いで怒りを感じ、最後に脱力した。

こちらに、200の詳細行動計画の内容についての資料があるので、時間のある人はざっと眺めてみてほしい。
そうすれば、私が怒りと脱力を感じた理由がわかっていただけると思う。
資料:詳細行動計画の実施状況の評価


◆手段が目的と化したバイオテクノロジー戦略大綱
上に挙げた資料を見るとすぐにわかることだが、バイオテクノロジー戦略大綱はすでに手段が目的と化してしまっている。行動計画とは、普通、何か目的があってそれを達成するために作られるものだ。当然その評価は、目的が達成されたか否かで量られるべきものである。しかしながら、上記資料では、単にその行動が実施されたかどうかのみが判定基準とされ、その行動が何を目的としているのか、その目的は達成されたかについては何の記述もなされていない。手段が目的と化してしまっているからこそ、本来の目的がまるで達成できていないにも関わらず、計画は順調に遂行中などという報告が出てくるのだ。
さらに言えば、目標設定と評価基準の明文化もできていないこんなザルな行動計画を、BT戦略大綱として制定させてしまった時点で、こうなることは決まったも同然であったわけで、それを今まで見抜けなかった私自身もまだまだ修行が足りないわけだが。


◆目的のすり替えと破たんの隠匿
さて、BT戦略大綱がすでに破たんしていることは、ちゃんとアンテナを張っているバイオ業界人なら誰でも理解していることであり、事実日本バイオ産業人会議でも、その点を踏まえて昨年BT戦略大綱の見直し要請を出している。ゆえに、BT戦略会議の面々が問題を理解していないということはありえない。それにもかかわらず、この期に及んでも問題に何の対処もせず―JBAの要請を無視し―こんな大本営発表を出すということは、すでに彼らの行動指針が、バイオ戦略大綱の目標達成からバイオ戦略大綱の遂行(単に行動基準を満たすこと)に移ってしまったということなのだろう。そうすれば、大綱が破たんしていない(目標は達成された)と主張でき、だれも責任を取らずに済むからな。そして行動自体が目的と化した行動に、今後も資金と人材が投入されていくことになるだろう。成果の如何を問われることなく。
私としては、形骸化した今のBT戦略大綱をどうにかするには、BT戦略大綱の破たんを周知して、一度すべてを白紙に戻したほうがいいと考える。その方が、手段が目的と化した現在のBT戦略大綱よりも、資金や人材を有効活用できるだろう。


◆まとめ
・バイオテクノロジー戦略大綱は破たんした。
・国は大本営発表で破たんを隠し、責任回避に動いている。
・BT戦略大綱の目標を本当の意味で達成するには、形骸化した今のBT戦略大綱は、一度白紙に戻したほうがいい。
posted by 黒影 at 02:01 | Comment(2) | TrackBack(2) | バイオニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
  1. 旧通産省(バイオだから、農水か)の頃から、この手の目標は失敗してますから。
    日本の官僚ってのは経済成長は自分達の手柄だって言いたいんですよね。で、実際にやってみると日の丸原油みたいに何もしない方が良かったという結果になるんです。会社の経営や研究開発というのは終身雇用の役人には荷が重いんですね。

    おっしゃるように連中のやるべきことは市民への啓蒙と安全基準の徹底、不正企業の排除、自由競争の維持でしょう。景気の良い手柄話にはなりませんが。
  2. Posted by SLEEP at 2008年03月23日 15:19
  3. 迷った挙句、3回目の書き込み(1回目は、別館、TOEICの件、2回目は、マコモの件)をここに致します。まず、このコメントを書くに至った経緯ですが、仕事の関係上、バイオ業界のマーケット調査の為、インターネット検索をしておりましたところ、貴ブログにHitしました。ふと、随想の記事に目をやると、興味をそそるタイトルのてんこ盛りでした。未だ、一部しか拝見できておりませんが、悪しき日本の伝統である、とかく議論を避け、言論を封じ込めようとする風潮(権力者としては、御しやすいから?)の中、黒影氏が堂々と論陣を張り、その柔軟な頭脳から繰り出される主張が理路整然としている姿を観るにつけ、大いに心強く、心からエールを送りたいと思います。理論的反駁材料に乏しい輩に限って、言葉が下品だの、冗長だのという、ワン・ワードで誹謗、中傷するしかないものと思われます。長くなりましたが、本記事の内容であるバイオに関しても、政府関連機関と日常接触するに付け、常々痛感しており、日本の官僚組織の弊害をまざまざ見せ付けられます。一例として、世界では、米国、ヨーロッパ、中国等は国を挙げて、国際連携のビッグプロジェクトに資金、人材等惜しみなくつぎこんできているのに、日本の場合、それも殆ど無く、各行政(農水省、文科省の管轄)機関の動きが縦割りでバラバラの上、世界へ向けての発信が、全く無い(→各機関にプレス・リリースの英語版を照会したが、一切発行していない、とのつれない返事のみ。)。一体彼ら(広報の連中)は、どこを向いて、仕事をしているのだろう。産総研の8月18日プレスリリースでは、世界に遅れをとってはならじ、と2008年3月沖縄県に次世代シーケンサーを3台導入した、と報じ、わが国のバイオ研究の飛躍的進展を期待させる記事となっている。国内向け限定で自慢気に書いているが、これは貴随想情報による、サンガー研究所の総設備数、スタッフ数と較べても、いかに貧弱である事か。
  4. Posted by としぼう at 2008年09月05日 17:09
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