原文はタイムズの記事で、英語がダメな人はCNNの記事が比較的分かりやすくまとまっている。
The elementary DNA of Dr Watson - Times Online
CNN.co.jp : 英博物館、DNA構造解明ワトソン博士の講演中止 差別発言で - サイエンス
国内の言及ブログをfinalventさんが一通りまとめているのでついでにリンク。
はてな村界隈に偏っているのが難点だけど。
ワトソンのこれなんだが - finalventの日記
もう一点、私が良いと思ったブログ記事をリンク
Podium 無駄口はつつしみたまえワトソン君
ワトソン博士は昔から人種差別も含む問題発言の多い人だからねえ。
私としてはもう「ああ、またか」くらいにしか思わない。
生化学者の発言が大きく取り上げられるのは、それだけ存在が社会に認められているということだが、こういう取り上げられ方は痛いな。
さて、問題となったTimesの記事は彼のインタビュー記事なのだが、かなり長い。
問題個所は最後の方の彼の問題発言に関する言及で、どういう文脈かちょいと訳してみる。
"Does he ever reflect on his achievements?"というセンテンスから始まる段落だ。
他にも記事の最初の方でジェンダーとからめて少し批判を書いているね。
参照:tnfuk [today's news from uk+]: ワトソン博士の発言
読んでもらえば分かるが、記者は最初から彼の問題発言を取りに行っている模様。
―ご自身の業績について考慮された事がありますか?
「あまりふり返ることはありません。私がまだ精神的に健在である間に精神病の遺伝子を発見できるかどうかや、10年以内にガンを根絶することができるか、そして…私のテニスサーブが上達するかについていつも考え続けていますから」
ワトソンの過去の問題発言について知っていたら、この時点で黄信号が灯ったことが分かるだろう。
それを記者は次のセンテンスで赤信号の暗喩を使ってうまく言い表している。
#英国人の書く記事はこの手の暗喩が多くてややこしい。
#彼の子供の一人が精神病を患っているらしいので、この発言は理解できなくもないのだけどね。
我々はテニスから帰る道のりで、赤信号の前で待っていた。またワトソンはこの後スポンサーとなってくれる可能性のある人物と会う予定だった。私は数か月前に馴染みの研究室の論文が机の上に置かれた時の興奮を思い出しながら、彼の書いた新しい本―私が倫理的な部分を警戒している―についてインタビューしても構わないかと尋ねた。
「私が何かを信じたとしたら、私はそれを口にするでしょう」と老科学者は答えた。「多分、一般的に、少なくともしょっちゅう、私は偽りでない常識を自分の考えに反映させています」
この時点で既に記者の目が獲物を狙う猛獣の目になってそうだ。ちゃねらーなら「キター!」って感じか。
一方自分が狩りのターゲットになったことに気づいていないワトソン…
で、ここで彼の過去の問題発言例が示される。
1990年、サイエンス誌は以下のようにコメントした。
「科学界の大勢にとって、ワトソンは長くちょっとした野蛮人だった。彼が台本から外れた発言をする度に、彼の同僚は息をひそめることになる。」
2000年、彼は肌の色と性衝動の関係―肌の色の濃い人間は性欲がより強いとする仮説―を示唆する発言をして、動揺する聴衆を後にした。一部のジャーナリストは「彼は大西洋を横切る亀裂を作った」とこれを評した。
アメリカの科学者らは「彼は過去の成功を、科学的根拠を持たない自説を広めるために売り渡した」と非難し、一方イギリスのアカデミー会員らは「政治的に正しくないテーマであることを理由に科学の対象外にされるべきではない」とこれに反対した。「何者によっても、科学的事実を確かめることが妨げられるべきではありません。科学には、ジェンダーと人種に関する問題があってはいけません」と王立協会理事のスーザン・グリーンフィールドはコメントしている。
End-Pointのamasakiさんが発言当時の関連記事をまとめているので紹介。
【遺伝子差別】ワトソンいろいろ、発言いろいろ【人種問題】 [ EP: end-point 科学に佇む心と身体Pt.2]
ちなみにこのグリーンフィールド女史はガーディアン紙が選んだ"英国で最もパワフルな女性50人"の一人で、ジェンダー方面で結構知名度の高い人だったりする。
これもamasakiさんのところの記事を紹介。
EP : end-point 科学に佇む心と体 Pt.1: スーザン・グリーンフィールド
どうやらジェンダー論者っぽい記者の背景についてもちょっと興味はあるが、話が逸れるのでとりあえず脇に置いて訳の続き。
ちょっと唐突だが、場面はいきなり彼の著書に関するインタビューの、それも問題発言の場面に飛ぶ。
彼はこう主張する。
「私はアフリカの将来について、本質的に悲観しています。なぜなら、私たちの社会政策は全て、彼らの知性が我々と同等であるという事実に基づいていますが、実際にはあらゆる試験がそうではないと告げているからです。」
私はこの「厄介な問題」を取り扱うことが難しいものになるということを理解している。
彼の望みは、全ての人が平等であることである。しかし彼は「黒人の従業員に対応しなければならない人々は、我々と黒人の知性が等しいという考えが正しくないことを理解しています」と反対意見を表明する。
彼は「有色人種にも非常に才能のある人は大勢いるのだから、肌の色に基づく差別をすべきではありません。しかし、低レベルの仕事ができない場合には、彼らを昇進させるべきではありません」と言う。「進化の過程で地理的に分断された諸民族の知的能力が、同等に発展したと想定する確かな理由はありません。平等な理性の力を人類に普遍の相続財産として止めたがる我々の希望は、それを事実とするためには十分ではありません」と彼は書いている。
私としては、記者がどうやって遺伝子の話からアフリカの政治にまで話を持って行ったのかこそが最大の関心事項だったりするのだが、残念ながらそのあたりの話は割愛されている。
外野的にはその狩りのプロセスこそが知りたいのに。
内容から見て、おそらく彼の新著"Avoid Boring People"の中に関連する記述があったのではないかと思われるが、私は読んでないので断言はできない。
まあ過程はともあれこの発言を取った時点で勝負あり。
脇の甘いワトソン博士はまんまと記者に言質を取られてしまいましたとさ。
彼の言っていることが滅茶苦茶なのは既に各所で批判されている通り。
彼は遺伝子決定論的、遺伝子至上主義的なところがあり、人の個体差とか民族差とかそういったものを簡単に遺伝子差として語る。
IQテストなんかで地域差民族差が出るのは事実だが、普通はその理由を教育の差に求める。
人間の脳みそはただのハードウェアであり、そこに教育という形のトレーニングを通してソフトをインストールしないと十分な機能を発揮できないというのは、ちょいと発達心理学をかじればすぐに理解できる話だと思うのだが。
そしてアフリカ諸国の教育事情はお世辞にもいいとは言い難い。
差別というのは当人に自覚がない場合が多く、彼もまたそうだということか。
はてブで誰か「老害」という言葉を使っていたが、確かにさっさと引退した方がいいかもね。
ワトソン博士は今回の騒動でコールドスプリングハーバーの所長を
ちなみに、欧米方面ではこの手の人種差別と遺伝子の絡んだネタが結構豊富で、少し前にも「欧米人が頭がいいのは頭が良くなる遺伝子をネアンデルタール人から受け継いだからなんだよ」というトンデモペーパーを見て大笑いした記憶がある。
はてブの[進化人類学]カテゴリにクリップした記憶があるので、そのうち気が向いたら言及するかも。
<追記修正>
追記修正しました。
いつもは、見てるだけなのですが、内容が大学時代の卒論のテーマを思い出させるものだったのでコメントをさせていただきました。
現代ドイツ史を専攻して、ナチスドイツの「遺伝病子孫予防法」について研究していました。
卒業後は、科学に関しては、もともと門外漢だったこともあり科学的トピックスにも目を通さないような日々でしたが、黒影さんのブログは非常に興味深くて、知的好奇心を刺激されています。
さて、ワトソン博士の発言について。
これを、かつての優生思想にまで話を引き戻すのは非常に乱暴で、現代の科学の進歩に目を背けるような態度かもしれませんが、やはり根強くこういった考え方は息づいているのだな、と思わずにいられません。
いくつかの(私のような素人でも読める)遺伝子工学に関する本を読んでも、その進歩は本当に目を見張るものがあるな、と思います。
「神の領域」などという言葉が時折、使われますが、人類はそこに既に踏み込んでいるのでしょうか。
だとすればワトソン博士のような発言をする人が、「極めて稀で、特異な存在」であって欲しいものです。
14日のサンデー・タイムズの記事を書いた記者さんが、21日にこの「問題」についての記事を書いておられます。ご参考までに。
October 21, 2007
Science always has and should be open to debate
Charlotte Hunt-Grubbe
http://www.timesonline.co.uk/tol/global/article2704730.ece
アフリカの状況はたしかにどうしようもないところまで来てます(サハラから南アフリカまで)けれどもこれはリカードの罠であって、緑の革命で伸びた人口を支えられない悪循環で、もともと人が住めない熱帯に人が増えるとどうなるかという見本ですね。
わが国でも石原莞爾のような人間はいました、つまりは世界中で一時期こういった暗い考えが流行ったということなのだと思います。いまだにこういう人を持上げるのがいてビックリしますけど。もっとも中朝ではいまだにわが民族は世界一ィィィと教えてるようですね。
お褒めの言葉をありがとうございます。今後も面白いと感じていただけるよう精進します。
>「神の領域」などという言葉が時折、使われますが、人類はそこに既に踏み込んでいるのでしょうか。
このブログでも合成生物学のトピックでたまに取り上げていますが、人はすでにその領域に片足を突っ込んでいます。
あと5年もすれば、人は(微生物なら)生物の合成に成功していると思います。
>だとすればワトソン博士のような発言をする人が、「極めて稀で、特異な存在」であって欲しいものです。
残念ながら、古代から現代に至るまで、優生学的な思想を持つ人間は常に一定数います。
日本やアメリカを含め、戦後の一時期の方がむしろ優生思想が強まっていました。
生物学をきちんと勉強していれば、こんなものは所詮人のエゴに過ぎないと分かるんですけどね。
優生学 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%84%AA%E7%94%9F%E5%AD%A6
>nofrillsさん
はじめまして。
フォロー記事のご紹介ありがとうございます。
>SLEEPさん
なんだかんだで実績と実力はある人なので、例えコールドスプリングハーバーから切られたとしても、引く手は数多だと思います。
失言が多いという欠点はあれど、看板としての知名度は抜群ですからね。
それに表向きは批判せざるを得なくても、内心では賛同している人なんて欧米にも掃いて捨てるほどいるでしょうし。
アメリカの上流階級でこの手の人物を再雇用するというのはかなりマズイんです。まず寄付団体や地域社会からはボロクソに言われますし、しつこいメディアの格好の標的です。仮に内心がどうだろうと関係ありません、なんせ下手すりゃ自分の職すら失うわけですから。知名度が高いのはこの場合却って危険ですね、「あのノーベル賞の」から「あの差別主義者の」というレッテルに早代わりです。そういう意味ではたしかにアメリカは偉そうに虐殺だの慰安婦だの他国にケチつけるだけあって徹底してます。
というか、79ですしねえ・・・
あるとしたらド田舎のダコタあたりとかw
【日本語ブログ】ワトソン博士は正直に良いこと言った
http://d.hatena.ne.jp/satohhide/20071021/1192898142
あらゆる事象の是非をはかるのは素人には難しい。
偉大な功績を残した人だからといって人間的にも素晴らしい人とは必ずしも限らない、ということなんでしょうか……。
>SLEEPさん
他国や他民族をやたらに貶めて回る時点で、あなたもその「自民族至上主義者」の一員に入ってしまうようにも思えるのですが……。
私は「自民族至上主義者」じゃありません、「自国民至上主義者」です。つまり国家主義者です。ついでに自由主義者です。そして石原莞爾やワトソン博士のようなある特定の地域に居住する人々がそうでない人々より優れていると考える人々を心底軽蔑しています。そこは日本人だろうが他国人だろうが同じことです。
ワトソン博士という人は1930年代生まれです、この頃は20世紀の中でもっとも暗い時代でした。自国のためを考えれば何をしても良いとかある人間集団は必然的に劣っているといったようなことが大真面目に語られていたのです。そしてその後の戦争で日本軍が米軍兵士をしばしば残酷に扱ったように米軍も日本軍兵士を非紳士的に扱ったのは消せない事実でしょう。また日系人強制収用もありました、根底にあるのは肌の色の差ではなく無知と無理解でしょう。
今、コロラドで日本人選手が活躍していますが、我々はラルフ・ローレンス・カーのことを知るべきじゃないでしょうか。