「進化論に関しての通行人氏へのお答え」
進化は偶然ではない
というと誤解を招きそうで言葉の使い方が難しいのですが
確率的な偶然と自然淘汰の間には天と地ほどの開きがあります。
どうも通行人さんはここのところを誤解されているようです。
「盲目の時計職人」にちょうどいい文章があるので引用しておこうと思います。
かなり長いですがまず前文より引用
私にはその理由がはっきりわからないのだが、どういうわけかダーウィン主義は、科学の他分野において同じように正しいと認められている心理に比べて、よりいっそうの弁護を必要としているかのようである。われわれの多くは、量子論あるいはアインシュタインの特殊相対論も一般相対論も理解していないが、だからといってこれらの理論に反対したりはしない!ところが、「アインシュタイン主義」とは違って、ダーウィン主義は、どんなに無知な批判者からも格好の餌食だとみなされているようだ。思うに、ダーウィン主義が抱えている一つの厄介な事情は、ジャック・モノーが鋭く指摘したように、誰もが自分はダーウィン主義を理解していると思い込んでいることである。たしかにそれはまったく単純な理論であり、たいていの物理学や数学の理論に比べると、まるで幼稚だとさえ思われかねない。ダーウィン主義とは、要するに、そこに遺伝的変異があって、しかもでたらめではない繁殖のもたらす結果が累積される時間がありさえすれば、途方もない結果が生まれる、という考え方にすぎない。しかし、この単純さは見かけのものだと信ずべき証拠がたっぷりある。忘れてはならないのは、単純に見えはしても、この理論は一九世紀中葉のダーウィンとウォレスにいたるまで、ニュートンの『プリンキピア』以来200年近く、またエラストテネスが地球の大きさを測ってから2000年以上のあいだ、誰一人として考えつかなかったということだ。どうしてそんなに単純な考えを、ニュートン、ガリレオ、デカルト、ライプニッツ、ヒューム、そしてアリストテレスといったそうそうたる思想家たちすらもが、かくも長きにわたって思いつかなかったのだろうか?なぜ二人のヴィクトリア朝の博物学者を待たねばならなかったのだろうか?それを考えつかなかった哲学者や数学者は何がいけなかったのだろうか?そして、そんなに強力な考えが、どうして一般の人たちの意識にいまだに取り込まれないでいるのだろうか?
それはあたかも、ダーウィン主義を誤解し、信じがたいと思い込むように、人間の脳そのものが特別にデザインされているかのようですらある。たとえば、「偶然」の問題を取り上げてみよう。それはよく盲目の偶然として脚色されて表現されている。ダーウィン主義を攻撃する人たちの大多数は、ダーウィン主義にはでたらめの偶然以外には何もないという誤った考えに、ほとんど見るに耐えないほどの熱心さで飛びつきたがる傾向がある。生きているふくざつなものはまさしく偶然の反対物を体現しているのだから、かりにダーウィン主義が偶然と同じであると考えたなら、ダーウィン主義を論破するのは雑作もないことだとすぐにわかるだろう。私の仕事の一つは、ダーウィン主義が「偶然」についての理論であるという、根強い神話を破壊することである。
◆小さな変化の累積が見事なデザインを生み出す
さて、とは言うもののちいさな変化の積み重ねが目や脳のような複雑な物を作り出すということをいうことを理解できない人は多いでしょう。
進化論の批判者の中に「サルがデタラメにタイプライターを叩いてシェークスピアのハムレットが出来上がる確率は宇宙の寿命を何千倍したところで足りない」「だから進化論は間違いだ」という主張をする人がいます。
しかしこの主張は進化論の本質をまったく理解していないものです。
ハムレットではちょっと分量が多すぎて扱いにくいので、
次の短文をモデルにコンピューターを使って実証してみましょう。
「われおもうゆえにわれあり」
デカルトの有名な言葉です。
話を単純化するためにひらがな46文字をランダムに組み合わせてこの文章を作ることを考えてみます。
まったくのランダムな組み合わせの場合、この言葉ができる確率は46の12乗分の1。
大体10のマイナス20乗くらいの確率です。
一秒に一つランダム文を生成すると考えた場合、こんな短い言葉でも最長2.8兆年もかかってしまいます。
そんなに時間がかかっては宇宙の終わりまで時間があっても足りません。
しかし、生物の進化の仕組みを考えたとき、このような確率論は的外れもいいところなのです。
そんなわけで証明を兼ねて盲目の時計職人を参考に簡単な進化のモデルプログラムを書いてみました。
進化モデルサンプル(無性生殖モデル)
(VBで作ったので動作にはランタイムが必要です。)
プログラムの動作を順に解説していきます。

このプログラムはまず進化方向配列と同じ長さのランダム配列を作成し、
そこからある方向に向けて文字列が進化していく様子をシミュレートしています。
今回の試行では「きれひえほままりぬよそる」という文字列からのスタートになりました。
一世代ごとに親文字列から一文字だけがランダムに変化した100種の子文字列が誕生し、
親プラス子の101種中で最も優れた形質を持つものが次世代の親になります。
このプログラムの場合、優れた形質とはすなわち淘汰圧が低くなる形質、
つまり「われおもうゆえにわれあり」という文字列に近い形質をもつことです。
このプログラムでは単純に目標文字列との相似度を数値化し
最も高い数値を持つものを次世代の親として抽出しています。
さて、オリジナル配列から進化シミュレーションがスタートしました。
オリジナル配列の適応度(文字列の一致)は1です。
第1世代:きれひえほままにぬよそる
第2世代:われひえほままにぬよそる
第3世代:われひえほまえにぬよそる
第4世代:われひえほまえにぬよそる
第5世代:われひえほまえにぬよそる
第1世代:るれせしたさえにわいうあ
これが5世代後になるともう
既に12文字中「わ、れ、え、に」の4文字が一致しています。
さらに第10世代、15世代と経過していくと
第10世代:われひえほまえにぬよそる
第15世代:われひもうまえにわよある
「われ*もう*えにわ*あ*」の8文字まで一致。
ここまで来るとかなり「われおもうゆえにわれあり」との類似性が見えてきます。
第20世代:われひもうまえにわよあり
第25世代:われひもうゆえにわよあり
第29世代:われおもうゆえにわれあり
25世代が経過すると差は二文字だけになり、29世代目には完全に一致する配列が現れました。
一世代辺り100の試行をしている計算になるので
わずか29世代×100種=2900回の試行で1つの進化の極限にまで辿りついた事になります。
確率論で考えた場合最大89762301673555234816回の試行が必要なことを考えれば格段に小さな数値です。
(本当の進化のプロセスはここまで単純な物ではありません。
ここではモデル化のために思いっきり単純化していますので悪しからず。)
最初に「確率的な偶然と自然淘汰の間には天と地ほどの開きがあります。」と言った意味をご理解いただけたでしょうか?
サルがタイプライターを叩いて云々というのはただの一段階試行であり、そこでは物事は確率論で進行しますが、生物の進化で起こっている現象は累積試行の結果であり、単純な確率論よりもはるかに少ない試行数で結果が出ます。
各世代で起こっている変異は完全にランダムな物で、しかも小さな変化です。
しかしそこに淘汰と優位種の選抜の累積というフィルターがかかることにより
有為な性質を持つものが浮かび上がってくるのです。
その原動力がランダムな変異であっても進化の本質は自然淘汰による選抜と再変化の積み重ねです。
進化とは決して偶然の産物ではありません。
親世代の10種がランダムに掛け合わされて100の子世代を生み、さらにそこから10の優先種が選ばれて進化が起こっていくという有性生殖モデルも作ってみました。子世代の遺伝子は両親の遺伝子をシャッフリングして決定されます。
このようなアルゴリズムを進化的アルゴリズム、または遺伝的アルゴリズムと呼びます。
さて、このプログラムを見て、
「最初から目標を定めてそちらに行くように仕向けたんだから当たり前の結果じゃないか」
と考えた方。
はい、正解です。
そしてこれが進化論のもっとも誤解されやすいところなのです。
この進化アルゴリズムは突然変異による進化を説明する上で非常に判りやすいのですが
このアルゴリズムがあまりにも見事であるがゆえ
進化と言う現象を単純に眺めた時に、通行人氏がちょうど引っ掛かっているように、
誰か「われおもうゆえにわれあり」という進化の目標を定めた超越者がいるのではないか
という錯覚に囚われてしまう人が後を絶たないのです。
プログラム中では単に環境因子による進化の指向性の例としてこの文字列を扱っているのですが
なまじっか人の手によってその文字列(進化の指向性)を変えることが可能だからそう思うのでしょうね。
もう一度「盲目の時計職人」から引用させてもらいましょう。
人間は虚栄心から、自分たちの種が進化の最終目標であるという馬鹿げた観念を後生大事にしているけれども、淘汰の基準としてはたらくようなはるか遠くの目標や究極の理念などどこにもない。現実には淘汰で残る基準は常に短期的に、単純に生き残るか、あるいはもっと一般的に、繁殖に成功するかである。長い長い時が経ってからみると、はるか遠くの目的に向かう進歩のような物が達成されているかに見えたとしても、これは常に数多くの世代が短期的な淘汰を経たことによって起こった付随的な結果なのだ。自然淘汰という「時計職人」は、未来について盲目であり、長期の目的は何ももっていないのである。
進化の方向性を決定するのは自然淘汰という「盲目の時計職人」です。
自然淘汰圧は自然条件、生物自身の遺伝子、他の生物の影響など、様々な要因が複雑に絡み合って決定されます。
この「盲目の時計職人」は決して進化の目的を考えることはありません。
トランプの7並べをイメージすれば多少はわかりやすいでしょうか。
プレーヤーのカードが手持ちの遺伝子、競争相手が自然環境や他の動物など、場に並んでいるカードが遺伝情報の進化の系譜を示しているわけです。
場に出ているカードと自分の手札、競争相手の手札によって最適の一手は常に変わってきます。
しかしプレーヤー自身は進化の方向性を決める思考回路を持たず、ランダムな突然変異に従って適当にカードを切ってしまいます。
このときに良手と悪手を決めるジャッジを務めるのが盲目の時計職人すなわち自然淘汰です。
悪手を打ったプレーヤーは勝負に敗れ(すなわち自然淘汰され)ゲームの舞台から消えます。
そして重要なのは、プレーヤーは1人(種)であると同時に複数(個体群)であるということです。
個々の個体が皆同じ手札を切る訳ではないため、例えランダムに手札を出していても良手を切る個体が出現します。
そしてプレーヤー(種)が1ターン終えるごとにヘマをした個体は退場させられ、その分うまいことやった個体が増殖して空いた席に座ります。
(ちょうど上の進化アルゴリズムプログラムのように!)
だから現在残されたプレーヤーだけを眺める人間はそのプレーヤーが常に最適の選択を取り続けてきたように見えるのです。
さらに重要なことに、この7ならべには終わりがありません。
(注:たまにはプレーヤー種の全ての個体が負けてゲームが終わることもあります(種の絶滅)。7ならべにパスがあるように、このゲームにもどうあがいても手が出せなくなる局面というものがたまに出現します(進化の袋小路)。このゲームのルールではパス=絶滅です。)
時を経るごとにどんどんと場に出されたカードは増え続け、複雑な模様を描いていきます。
このような複雑な模様も形成される原理自体は非常に単純なのですが
人間はその模様の複雑さに目を取られてなんてすごいんだろうと感嘆しているわけです。
ついでに…
この「盲目の時計職人」は実に気まぐれで、しかも非情な存在です。
このジャッジが定めるルールは常に変化し続け、ルールの変化に対応できない存在はふるい落とされます。
進化の方向性は決して固定されたものではなく、常に変化し続けるものなのです。
昨日まで「われおもふゆへにわれあり」だった進化の最適解が
今日から「われおもうゆえにわれあり」に変わる程度の変化であれば何とか対応もできますが
これが突然「あさきゆめみしえひもせす」に変わったりしようものならさあ大変です。
これまでの環境に適応してこの世の春を謳歌していた生物達は突然環境への不適応に苦しめられます。
そして変化に対応できないものには「盲目の時計職人」の死神の鎌が容赦なく振り下ろされるのです。
過去には少なくとも数回以上このような環境の激変が起こり、
そのたびに環境の変化に対応し切れなかった生物種の大量絶滅が起こっています。
多くの変化を経験した生き物達には、かつて別の方向に進化していた頃の名残が残っている例がたくさんあります。
例えばヘビの足、洞窟に住む生物の目の名残など。
また、大多数の脊椎動物は4種類の色覚細胞を持っていますが
哺乳類はその進化の歴史に夜行性の時期を持っていたため、緑と青の色覚しか持ちません。
色覚は夜行性の動物には不必要なものだったため後2つは進化の過程で失われたのです。
幸いにして人類と一部の類人猿の共通祖先が再び赤色の色覚細胞を取り戻したため
われわれ人類はカラフルな世界を堪能できますが。
(赤緑青の各色を感知するロドプシンはそれぞれアミノ酸がたった一個異なるだけなのです)
高等動物のゲノムに大量に存在するジャンクDNAもこうして使われなくなって退化した遺伝子のなれの果てなのでしょう。
さて、進化があらかじめ決められた目的をもったものであるならば、進化の方向はサンプルプログラムのように一本道でジャンクDNAや器官の退化など存在しないはずです。
しかし実際には進化の方向性は環境に合わせてころころ変わり、痕跡器官のような例が大量にある。
そんなことから進化に特別な意志が働いているなどとは到底考えられない、
つまり進化の原動力は「盲目の時計職人」つまり自然淘汰だと言えるわけです。
◆本日のまとめ
進化とは偶然の産物ではありません。
進化の原動力は遺伝子の突然変異と周囲の環境による自然淘汰圧です。
ランダムな変異のうち、有為な性質を持つもののみが自然淘汰によって選択されます。
環境に応じて進化の方向性は異なるものの、淘汰圧によって選択される変異の方向性が決定されるため、進化は決して偶然の産物とはいえません。
ひとたび自己複製する系が誕生し、さらにその複製にエラーが生じるような要素が含まれているのであれば進化は半ば必然の現象です。
◆追記
コメント欄でも指摘されていますが、説明が複雑になる為このエントリではあえて中立的な進化については無視しています。
興味がある方は自分で中立的な変異を含めたプログラムを書いてみるのもいいでしょう。
モデル系としてはそれほど変わりませんので。
<加筆修正 17:00>
<再加筆修正 6/18 23:00>
<修正 7/18>
プログラムのミスを修正。
プログラムの修正に伴い本文も修正。
<再再修正 2006/3/19>













大変面白く読ませていただきました。
門外漢の私には、目から鱗状態です。
それで、ちょっと思ったのですが、人の意思自体がそういうものなのではないでしょうか?
こう書くと誤解されてしまいそうですが・・・。
人間にある刺激を与えると、その信号はニューロンからニューロンへ“受け継いで”、シナプスの太いところは優先的に“生き残り”、細いところは“自然淘汰”される。たまに、軸策が別のニューロンに伸び、信号経路に“変異”が起きる。そして、生物が一つの形態になるように、人間はある答え(反応)にたどり着く。
ということは、人の意思のアルゴリズムが、類似する進化のアルゴリズムを同類と誤認しているのではなかろうか。
いや、むしろアルゴリズムが基本的に同じであるなら、進化そのものが意思であると言っても過言ではないのでは。
・・・過言ですよね。やっぱり。
逆に言えば人の意思というのも、継承、変異、淘汰の複雑に積み重なったものに過ぎない、ということなのでしょうが。
偶然ではないが、目的をもった完全な必然でもない。
DNAというものはより多くの多様性(可能性と言い換えてもいいかも)を含むように組み合わされるようですね^^b
その結果、生き残る可能性が高められているということでしょうか(全滅が避けられている)
私の書き込みから大変な状態になりお手数をおかけしています。
今回も新たなエントリーを設けていただいて丁寧な書き込みをしていただき
ありがとうございます。演算としては非常に興味深い内容ではありますが
具体的なイメージを結ぼうとする段階で素朴な疑問が目白押しになっているのですが
今すぐに書き込むには少々時間が足りませんし、もう一度上記の内容に
目を通してからにしたいと思いますので少し時間を下さい。
また、先日の質問に対してですが“研究者ではない”“素人の域を出ない”等
率直に申し上げていますのでスキップさせていただいて宜しいですか?
不都合がありましたらまたお知らせ下さい。
あの質問に答えるのに、素人かどうかは全く関係無いですよ。むしろ答えたほうが通行人氏に利益があるでしょう。相手のレベルが分かるので議論が円滑に進むetcetc...
まぁ、通行人氏が「相互理解」を目指しているのならば、の話ですが。
とりあえず、ご自分の意見をちゃんと整理されてはいかがですか。それすら満足に出来ていないように見えます。その上で、自分の意見の根拠を提示して下さい。現時点でのあなたの意見は「こうだったらいいな」程度でしかない。仮説に対抗するなら仮説を出してください。
ちなみに高校の参考書を信じるなら、「仮説とは、疑問に対する答えの予想をする際に、その可能性に何らかの根拠があって、その説が妥当かどうか検証可能なもの」ですので。念のため。
・・・ここから独り言。
議論の落としどころを考えるのは結構ですが、それが「価値観の違い」とかだったら最高のヘタレだと思います・・・。
参考:http://www.st.rim.or.jp/~k-kazuma/TH/TH197.html
駄文失礼しました。
脳の機能も単純な神経細胞ユニットの集合から複雑な情報処理回路が構成されるという点で興味深いですよね。
神経回路が形成されていく際のメカニズムは確かに進化との類似性があります。
>逆に言えば人の意思というのも、継承、変異、淘汰の複雑に積み重なったものに過ぎない、ということなのでしょうが。
結論から言うとそういうことになりますね。
>hiroさん
>淘汰の結果があまりにも見事なため、そこに何がしかの意思が働いているように思えてしまいますが、今ある自分は過去から現在までの環境に適合する流れの中にいるだけということでしょうか。
現在得られている知見からはそういうことになります。
>通行人さん
進化の話はいずれブログで取り上げるつもりだったので今回の議論は実にいいきっかけでした。
進化に関する議論を常に行っているNATROM氏の掲示板に比べればこの程度実に穏やかな物です。
最近ちょっと忙しいのですぐの返事と言うわけにはいかないかも知れませんが
質問がまとまりましたらいつでもどうぞ。
あと前回の質問に関してですが、答えたくないのであればそれでも別に構いません。
ただこちらとしてはあなたの背景知識を知っておけば説明もしやすくなるので
できたら可能な範囲で結構ですのでお答えいただけると助かります。
はっきり言って生物学は良く分からないけど
いまさら自然淘汰と言われてもね〜
自然淘汰圧があるという科学的根拠は何?
本当に理解して書いているのか、何かの受け売りなのか、分からないように思います
どこまで本気でおっしゃっているのか理解しかねますが…
どのような種の生物であっても、ある世代の全ての個体が子孫を残すことが出来るわけではありません。
例えば魚類は一度の産卵で数百〜数千、マンボウなどは1億個を超える数の卵を産みますが
その中で成体まで成長して次の世代を残すことが出来るのはほんの数個体です。
残りは他の生物の餌食になったり病気にやられたりして死亡します。
このような生物の生存に影響を与えるような環境因子がすなわち自然淘汰圧です。
自然淘汰圧としては上に挙げたような捕食者の存在や病気の他に、
その生物の食物の増減や競合生物、気候条件等があります。
そして自然淘汰圧をくぐりぬけることに寄与するような形質(遺伝子)を持った個体は
生存可能性を上げることが出来、そのため次世代に子孫を残すことが出来る可能性も上がります。
このような自然淘汰によって遺伝子の変化が積み重なり生物の進化が起こったとするのがダーウィンの進化論です。
ご理解いただけたでしょうか?
私からみればプログラムに使われたものはIDの考えに限りなく近いものです。一方向の進化をもたらす淘汰圧です。これは粘菌などで実験しようとされている人工的な淘汰に近いですね。人為的な操作で一方向への進化が容易にできる。でもこれは自然選択ではなく、現実の進化の歩みでもないでしょう。
そこで、プログラムした時の考えはドーキンスの本そのものに出ているのか、黒影さんの考えなのかとういう問いになります。
プログラムで計算される時にその対象が計算可能か、解は一意的に求められるか検討されましたか?数値計算はまあ数値はでるでしょうね。でもその数値に意味を持たせるにはそれなりの根拠が必要です。一意性とは同じような実験をすれば同じ結果が得られるということですが、進化論では一意性が成り立つかどうか分からないですね。
それから、科学である、科学的に正しいということは全ての質問に答えられることではありません。脳が何故出来たかなんて、現在の進化論で答えられる問題ではないでしょう。
進化論は、狭い意味での「(近代)科学」ではありません。定量性も予言性も無いですからね。
そうそう、私は物理学(原子核理論)の出身で今は物性理論をやっています。ですからIDを支持しているわけではありません。
>自然淘汰圧があるという科学的根拠は何?
と最初のコメント時におっしゃっていましたが
「自然淘汰圧がある」ということはご理解いただけたと思っていいでしょうか?
ここが食い違うと続く話が出来ませんので。
>私からみればプログラムに使われたものはIDの考えに限りなく近いものです。一方向の進化をもたらす淘汰圧です。これは粘菌などで実験しようとされている人工的な淘汰に近いですね。人為的な操作で一方向への進化が容易にできる。でもこれは自然選択ではなく、現実の進化の歩みでもないでしょう。
自然淘汰では本文中にも明記してある通り、その方向性は常に変化します。
しかし短いタイムスパン(といっても数千〜数万年以上の長さのスパンですが)で捕らえれば、その時々の環境が規定する淘汰圧に合わせる形で進化が起こり、プログラムで扱っているような一方向への進化が起こります。
淘汰と進化の関係を説明するためだけなら単純な淘汰で十分なので
IDとの類似点など誤解を受けやすい部分はちゃんと本文中に説明をつけた上で
このプログラムを使っているのですが…
このようなコメントをされてしまうというのは多分私の文章がまずいのでしょう。
まだまだ改善の余地ありですね。
なお、人工的な淘汰による進化も淘汰圧を人間が設定しているというだけで
メカニズムとしては自然淘汰とまったく同じです。
というか人間が自然淘汰の仕組みを応用しているだけのことです。
人工淘汰がこのプログラムに当てはまるというのは
自然淘汰がこのプログラムに当てはまるということと同義ですよ?
それから、どうも通りすがりさんの進化論理解は19世紀止まりなように思えます。
>進化論は、狭い意味での「(近代)科学」ではありません。定量性も予言性も無いですからね。
とおっしゃっていますが、
これが18,9世紀ならともかく現在ではまったく的を外している進化論理解です。
現代では分子生物学が発展したおかげでDNAを元に定量的な進化の解析も行われていますし、
それを元にした予測性も当然備えています。
(どの遺伝子がどう変わればどのような形質の変化が現れるかとか、どのような淘汰圧がかかればある形質が現れるかとか)
そしてこの予測が当たっているからこそ進化論が科学と認められているのですが。
ぶっちゃけこの手の意見は進化論反対派が散々出して来た「誤った」意見であり、
分野違いとはいえ理系の人がこんな誤った進化論の理解をしていることは非常に残念です。
ここで言う「われおもう〜」は、“ある環境におけるある一つの最適解”と解釈してみては?例えば卵を大量に産んで放置、と、1匹を大切に育てる、はどちらも同程度に適応的になりえます。
通りすがりさんが物理系であるとおっしゃるなら、進化論を確率的に論じた本を探すことをお勧めします。私はそれで即納得しました。
一意性があるかどうか、最適解にたどり着く必要があるかどうか、過程(進化の歴史)依存性など考えたことがあるのでしょうか?
条件が揃うと自然選択は自律的に作用し、新たな環境への適応進化をもたらす正の自然選択(方向性選択)という考えには最初に解があるのですか?
これが問題であることに気づいていますか。
最初から「解がある」というものがID、進化論では解が一意ではないだろうということ。
だからプログラムで最初から「解」と比較し、それを自然選択というのはID的だということ。
>人工淘汰がこのプログラムに当てはまるという
>のは自然淘汰がこのプログラムに当てはまると
>いうことと同義ですよ?
やれやれ、それはIDが可能であるということでしょう。
自然選択の強さを自然界で測定できる理論(形質と適応度の共分散を測定)が開発されたのは1980年代だろ、選択勾配という推定量で自然選択の強さが測定しているけど、定量性が高いのかな?
推定量だし・・・・
DNAを基にしてる分子生物学も進化論という面では定量性に欠ける。
ある分野で使っている手法が科学的だということが、その分野が科学であるということを自動的に証明する訳では無い。
>どのような淘汰圧がかかればある形質が現れる
これ本当に再現性を持ったDNAレベルでの実験があるの?
まあ、論争だけは百家争鳴という進化「論」から脱却されているのであれば良いけどね。
ノーベル賞でも医学・生理学賞は受賞対象の研究が間違っていたことが多い、そういうのを見ると生物が関与した分野が科学として十分なのか、疑問に思う。
祥琥さん、「進化論を確率的に論じた本」ってどんな本ですか?統計力学だって本当の意味では解けないのだけど、進化論はどう扱われているのでしょうね
>現代では分子生物学が発展したおかげでDNAを元に定量的な進化の解析も行われていますし、
それを元にした予測性も当然備えています。
(どの遺伝子がどう変わればどのような形質の変化が現れるかとか、どのような淘汰圧がかかればある形質が現れるかとか)
そしてこの予測が当たっているからこそ進化論が科学と認められているのですが。
初耳ですねえ。 遺伝子の変化から形質の変化が予測できるんですか? ということは、遺伝子を理論的にいじくって予測した形質と、実験でいじくって得られた結果が一致するということですね。
遺伝子から、生成されるタンパク質の立体構造を計算するのがとても大変で、活性部位の予測もなかなか理論だけではうまくいかない。
と、ある学会で聞いたのが数年前。それがそんなに進歩したんですか。 複数の遺伝子によって発現する形質も予測できるわけですね。 すごい進歩です。
それから、淘汰圧がかかるとある形質が現れる。ということは、変異そのものが淘汰圧で誘導されるということですか?
実験で進化させることが出来るということですね。
例えば、大腸菌を別の種の菌に進化させた実験ってありますか?
主に行動学的側面についてでしたが、遺伝子の変化・伝達という意味で基本は同じだと思います。より正確に表現するなら「進化の方向の可能性を確率的に論じている」という感じです。別に解を一意に求めるわけではないし、その必要も無いでしょう。
>専門家の方
私自身も専門は分野違いですので、何かおかしな点があればご指摘ください。
進化論というよりも「利己的遺伝子」に関する啓蒙書のような感じがしますが(ミーム的な考え方はあまり好きではありません)・・・
探してみます。
集団遺伝学の様な本を読まれたのかと思っていました。あの分野は統計処理が必須のようなので、簡単に読めるか心配でした。
尚、一つ前の発言で
>例えば卵を大量に産んで放置、と、
>1匹を大切に育てる、
>はどちらも同程度に適応的
と書かれていますが、1つの集団で残るのは1つだと思います。
集団を2つに分けて進化させれば集団ごとに発現する形質が異なる場合はありますが、2つの集団を混ぜると最終的には1つになるように思います。
小集団に分けた場合には多様性が見られやすいと思いますが、それは、“ある環境におけるある一つの最適解”では無く逐次改良型プロセスの局地的な安定状態に入っているように思います。
黒影さんへ
>>自然淘汰圧があるという科学的根拠は何?
>と最初のコメント時におっしゃっていましたが
>「自然淘汰圧がある」ということはご理解いた
>だけたと思っていいでしょうか?
コメントし忘れました。
いえ、選択勾配が「自然淘汰圧」と見なしているのは前から知っていましたが、それに科学的根拠があるの?ということです。
統計論的、分子生物学的に意味の無いようなものも相関を採っているように思えます。
安定化淘汰は別として、一方向へ進化した例はあまり聞きませんし、マンモスの牙のような行き過ぎた例もありますね。
プロの科学者を目指しているなら、もっと考える力が必要では・・・
読んですぐ分かるのは、プログラムの考え方の杜撰さです。
進化アルゴリズムや遺伝的アルゴリズムとは似て非なるものを使って計算して結果を公表(私的に)している。
それは良いとしても、通常の感覚では最適解は分からないから、第500世代で最後の1文字まで絞り込んだ段階で試行して評価関数の値が変化しなくなったら終わりです。
これを終わりにせず更に100回以上計算したのは最適解を知っているからです。
そこが「ID」的なのです。
黒影さんのプログラムは最初は効率が良いのですが、段々効率が低下すると伴に親の選択が難しくなるはずです。つまり評価関数の最も良いものだけを親に選ぶという考え方自体が破綻しているのです。
進化アルゴリズムはそういう考え方では無いと思います。
忙しくなるので、暫くここを覗くことは出来ないと思います。
ちと長くなりますがご容赦を。
>一意性があるかどうか、最適解にたどり着く必要があるかどうか、過程(進化の歴史)依存性など考えたことがあるのでしょうか?
一意性という言葉をどう捉えるかによって答えが変わってくると思いますが
進化の歴史を通じた一貫した一意性という意味なら答えはNOです。
本文中にもこのように注釈をつけています。
>プログラム中では単に環境因子による進化の指向性の例としてこの文字列を扱っているのですが
<中略>
>さて、進化があらかじめ決められた目的をもったものであるならば、進化の方向はサンプルプログラムのように一本道でジャンクDNAや器官の退化など存在しないはずです。
>しかし実際にはこのような例が大量にある。
>そんなことから進化に特別な意志が働いているなどとは到底考えられない、
>つまり進化の原動力は「盲目の時計職人」つまり自然淘汰だと言えるわけです。
ある環境における自然淘汰の指向性という意味での一意性なら半分YESで半分NOです。
例えば病院における薬剤耐性菌の出現などがわかりやすい例ですが、抗生物質に晒される微生物は個々の存在する場所によって被曝する薬剤濃度が異なり、また耐性には個体差もあるので生きるか死ぬかのぎりぎりの濃度で耐え抜く微生物が現れて再び増える〜というのが繰り返され、短期間で薬剤耐性が上がっていきます。
実際に起こりうる形質上(遺伝子上)の変化は薬剤の作用部位の構造変化、分解酵素の発達、膜構造の変化など色々と考えられますが方向性という意味では一つです。
ちょうど本文中の例で、
100世代目「あれおさうゆえにわれゆり」から「あ」が「わ」に変わってもいいし
「さ」が「も」に変わってもいいしという感じになるでしょうか。
また、とりあえずこの微生物が被曝する薬剤に耐えられるだけの耐性を獲得したなら
その時点で薬剤による被淘汰圧はゼロになり、それ以上の薬剤耐性の進化はまず起こらなくなります。
上のプログラムの例で言うなら2〜300世代辺りで進化が停滞する感じになるでしょうか。
文中では特に書く必要はないと思いましたが、実際の環境中ではこのような中途で止まっている進化の例の方がほとんどだと思います。不必要なまでに形態が強化されるというのは自然淘汰の観点上考えにくいですので。(ポテンシャルがあるかどうかは別として)
その意味で、最適解にたどり着く必要があるかどうかという質問への答えはNOです。
環境がそれを必要としない限り進化は必要最小限で停滞するでしょう。
淘汰による進化を目的としてるわけでないにしろ、薬剤耐性は人工環境での例なので
自然環境での例をもう一つ。
自然環境中である一定方向への進化が継続する例としては、
より厳しい環境へと生息域を広げつつある生物がもっとも良い例になると思います。
これも薬剤耐性の話とほとんど変わらないのですが、ある生物種が自身の適応限界ぎりぎりまで生息域を広げたと考えてください。このとき適応限界領域では個体差によって生息限界が変わってくるため、きびしい環境にも強い形質を持つ個体のみが進出できる領域が生じます。こうして生まれたある形質を持つ遺伝集団の中では、遺伝子の変異が蓄積されてより厳しい環境にも適応できる個体が現れ〜という風に、生息域を広げながら元の集団との遺伝的差異を蓄積していき、いずれは種の分岐にいたります。
このような生息領域の拡大に伴う進化は一定方向への変化を持続させることがあるといえます。
…などと書いてたら「選択勾配」については既にご存知でしたか。
>それに科学的根拠があるの?
とのことですが、薬剤耐性強化のように、選択勾配を用いて実験室上でも変異と淘汰圧による進化の再現が可能であるというのが根拠では足りませんか?
あるいは連続的な地理的環境の変化に伴う動植物の表現形(遺伝子)の差異でも構いません。
再現性と反証可能性という点ではそれで問題無いと思いますが。
定量性はと言われればそれこそ統計的なデータでも持ってくるしかないのですが、これは生物を扱う以上避けられないことなので統計が信用ならんと言われるならそうですかとしか言えません。
(生物分野で怪しげな統計が横行しているのも残念ながら事実ですし)
過程依存については本文中にこのように書いてあるとおりです。
>自然淘汰圧は自然条件、生物自身の遺伝子、他の生物の影響など、様々な要因が複雑に絡み合って決定されます。
>トランプの7並べをイメージすれば多少はわかりやすいでしょうか。
>プレーヤーのカードが手持ちの遺伝子、競争相手が自然環境や他の動物など、場に並んでいるカードが遺伝情報の進化の系譜を示しているわけです。
>場に出ているカードと自分の手札、競争相手の手札によって最適の一手は常に変わってきます。
「場に出ているカード」が通りすがりさんのおっしゃる「過程」にあたりますかね。
>>人工淘汰がこのプログラムに当てはまるという
>>のは自然淘汰がこのプログラムに当てはまると
>>いうことと同義ですよ?
>やれやれ、それはIDが可能であるということでしょう。
淘汰圧が生じた時点で指向性が生じるという点では人工淘汰も自然淘汰も変わりません。
なお、IDと言ってもピンからキリまであるためどのIDの意味合いで仰っているのか判らないのでとりあえず「人為的な生命の進化」という程度の意味合いで捉えますが、「可能か不可能か」という話であれば理論的にはIDは可能だと思います。
ただそれが地球で起こったことかというのであれば話は別で
自然淘汰や突然変異で説明がつく物にわざわざこんな理論を持ち出す必要が無い、
ちゃんとした証拠を持ってこれないのであれば話にならない、
というのが私のIDに対する感想です。
>>どのような淘汰圧がかかればある形質が現れる
>これ本当に再現性を持ったDNAレベルでの実験があるの?
これについてはまず言葉の使い方が良くなかったのでお詫びします。
この文ではanotherとおりすがりさんのおっしゃるように
淘汰圧自体が遺伝子の変異を誘導するように取れてしまいます。
淘汰圧自身が変異を起こすわけではありません。
遺伝子の変異自体は常にランダムです。(変異の発生自体を加速する方法もありますが)
しかし適切な淘汰圧がかかる事で、ランダムな変異の内から淘汰圧に即した形質が速やかに選別されます。
>これ本当に再現性を持ったDNAレベルでの実験があるの?
何度も同じ例を出して恐縮ですが、薬剤耐性ならかなり研究されています。
>ノーベル賞でも医学・生理学賞は受賞対象の研究が間違っていたことが多い、そういうのを見ると生物が関与した分野が科学として十分なのか、疑問に思う。
物理の人から見るとそうなのかも知れませんね。
ところで医学・生理学賞を取った研究で間違っていた事例ってどんなものがありますか?
私は最近のノーベル賞程度しか知らないのですが記憶にないので教えていただけたら幸いです。
>遺伝子の変化から形質の変化が予測できるんですか? ということは、遺伝子を理論的にいじくって予測した形質と、実験でいじくって得られた結果が一致するということですね。
一致しなかったら遺伝子組換えなど不可能です。
ピンポイントで遺伝子をいじって形質を操作することが出来るのはこの予測性のおかげです。
無論我々の遺伝子に対する理解や操作技術は完璧には程遠いですから時には予想外の結果も出ますし、遺伝子発現の揺らぎもあるのである程度の幅を持たせた予測どまりですが。
>淘汰圧がかかるとある形質が現れる。ということは、変異そのものが淘汰圧で誘導されるということですか?
上記の通りすがりさんへの返答を参照のこと。
>実験で進化させることが出来るということですね。
>例えば、大腸菌を別の種の菌に進化させた実験ってありますか?
種という定義自体かなりあいまいな物なので何をもって種とするかによっても答えは変わりますが
細菌の種 Species の遺伝学的な定義は「種 species は遺伝学的に70%以上のDNAの類似度を持つ菌株の集団」となっているので適当に30%程度の遺伝子を増やしたり入れ替えたりして類似度を下げてやれば定義上は別の種になります。
実際にやった人がいるかどうかは知りませんけど。
植物での実験なら種分化の初期段階を実験室上で再現できる実験系が存在します。
http://www.evolution.bio.titech.ac.jp/f_tokutei/tokutei/studyA05.html
染色体の倍数化はそれだけでも親種との間に不稔雑種しか生まれないようになりますが、他にも遺伝子の発現自体が変化して大型化を起こしたり環境耐性が上昇することが知られています。
こちらでもやはり何をもって別種とするかの問題はありますが、
お求めの実験例としては一番近いかと。
>プロの科学者を目指しているなら、もっと考える力が必要では・・・
考える力はともかく端から誤読している人にもちゃんと考えを伝えられるよう表現力を磨く必要はあるようです。
>読んですぐ分かるのは、プログラムの考え方の杜撰さです。
>進化アルゴリズムや遺伝的アルゴリズムとは似て非なるものを使って計算して結果を公表(私的に)している。
とりあえず用いた遺伝的アルゴリズムのフローを貼っておきますね。
http://kyu.pobox.ne.jp/softcomputing/ga/words.html
1.もとになるアルゴリズムをいくつか用意する。
2.個体ごとに適応度を計算する。
3.条件に合えば終了。合わなければ4へ進む。
4.優秀な個体の集団の中でランダムに選んだ個体の遺伝子の交差を行う。
5.突然変異が起きるか判定を行い、それに従って突然変異を行う。
6.2へ戻る
>黒影さんのプログラムは最初は効率が良いのですが、段々効率が低下すると伴に親の選択が難しくなるはずです。つまり評価関数の最も良いものだけを親に選ぶという考え方自体が破綻しているのです。
>進化アルゴリズムはそういう考え方では無いと思います。
これを読んで通りすがりさんが進化アルゴリズムをどう理解されているのか判らなくなってきました。
>段々効率が低下すると伴に親の選択が難しくなるはずです。つまり評価関数の最も良いものだけを親に選ぶという考え方自体が破綻しているのです。
と仰っていますが実際タンパク質に熱耐性を付与する分子進化などではこういう効率低下が起こるので進化アルゴリズムで似たようなことが起こるのも当然では?
理論的に考えてもどの遺伝子が変わってもいい状況と適応度が上がるにはある一つの遺伝子がうまいこと変わらなければならない場合では後者の方が大変なのは自明ですし。
無性生殖系でこういう停滞が起こるのはある意味当然ですが、有性生殖系でも優勢グループに目的遺伝子が存在しなければこういうことは往々にして起こりえます。
>つまり評価関数の最も良いものだけを親に選ぶという考え方自体が破綻しているのです。
言わんとすることは判りますが、親として拾う範囲を広げたところで必要とする遺伝子を拾える可能性がちょっと上がるだけで根本的なアルゴリズムは変化しませんよ?
必要とされる遺伝子を持つものがピックアップされるような仕組みは遺伝的アルゴリズムには存在しませんし。
一度通りすがりさんの考える進化アルゴリズムをご提示願えませんか?
選択勾配に関するご回答ですが、普遍的な科学理論の「科学的根拠」としては不適切です。ちょっと質問が曖昧で拙かったですね。
1) 薬品に耐性を持つ細菌の発生は1例に過ぎません。帰納法で証明したいので有れば細菌が持つ全ての遺伝子が選択勾配で最適化されたことを明示することが必要ですが、できますか?演繹的に証明したいのであれば、任意の生物で任意の遺伝子に対して選択勾配を特定できることが必要であると思います。
2) 世代交換の速い生物(まあ、寿命が短い。細菌など?)と世代交換の遅い生物(人間や屋久杉?)では自然淘汰の働きが異なるのではありませんか?世代交代の速い生物だと環境の影響を受けやすくて簡単に絶滅する可能性が高いため、自然淘汰が見やすいだけのように思います。ご紹介のあった実験例はどのような生物を対象とされているのでしょう?
3) そもそも、本文の本日のまとめは総合説(自然淘汰万能説)を主張しているのでしょう。分子生物学的なデータを主張しているなら中立説、集団遺伝子論的には断続平衡説や遺伝的浮動をどう考えているのか不明です。
4) 定量性に関しては誤解があるようです。統計的なデータが信用できないのではなく、進化のプログラムに解が一つであれば話しは簡単ですが、複数の可能性があれば話は変わります。つまり選択勾配と遺伝子の選択の関係が定量的に分かっているのか?同じような環境で遺伝的に隔離された場合に同じ進化になるのか、それが定量的に確かめられているのか?ということです。
>淘汰圧が生じた時点で指向性が生じるという点
>では人工淘汰も自然淘汰も変わりません。
この考え方が問題になるわけです。「指向性」は自然淘汰では無いのです、適応度の高い解が複数あっても良いのです。それらの解に収束する過程が「指向性」を持つように見えるだけです。目的も持つ人工淘汰は違いますね、目的物を作るために行うのですからそれ以外のものは適応度に関係なく絶滅させるでしょう。
1.普通に考えると12文字を1文字毎に最適化するのが、最も計算量が少なくなります。
つまり逐次的に評価しても計算量として12×47=564回以内で結果が出る問題である。それに対して100×600=60000 は2桁計算量が多い。これでは進化論型プログラムなるものは非常に効率が悪いことになる。一方、木村資生の「生物進化を考える」岩波新書の第5章に「タイプライターを打つサル」という節があって(シェークスピアの戯曲と同じものをサルが打つには)サルに1字ずつ打たせ(突然変異に相当)、もし正しい字が打てなければ、それを消し、またやりなおさせ、うまく正しい字が打てれば次に進むといったやり方を取れば、1字当たりの取捨選択(自然淘汰に相当する)を行うのに、例えば1分くらいかかり…・
これは私の書いた逐次的な計算に近い考え方と思うがどうです?
2.進化論型プログラムでは定式は無いが、考え方としては多数の点(異なる遺伝子)から出発して異なるルート(分岐)を効率良く探す。つまり適応度の高い順に子孫を作っても最初から最良値以外のルートを絶滅させることは無い。
特に「交叉」を使う場合は別ルートの親でないと意味が無い。
また、解が一意かどうかは分からないので1ヶに収束しない場合でも使えるはずであるが、黒影さんのはアルゴリズムではそうならない。
例えば、評価関数が日本語として「われおもうゆえにわれあり」と同値であれば同じ評価値とすれば、「われ」の代わりに「おれ」、「わし」、「ぼく」でも良い。進化論型のプログラムは原理的に評価関数によって、そういう複数の同値表現を解として求めることが原理的には可能です。
ノーベル賞について、知っている例としては以下のものがあります。ほかにも幾つかあったと思うけど(生理医学賞だけの問題では無いのだけど)
一番有名なのは1926年のJ・フィービゲル間違った研究『癌寄生虫説』で受賞
1949年アントニオ・エーガス・モニスはロボトミーで受賞、効果はともかく精神病の治療法としては?
1997年のスタンリー・ブルジナーはBSEのプリオン発見までは良いが、その後の発病プロセスは疑問がある
その他話題となった問題は
1923年のインシュリンの発見では受賞者が正当化に対して疑義がある
1976年のD・C・ガイジュセクは少年への性的虐待によりノーベル賞受賞者初の逮捕
1975年のデビッド・ボルティモアは受賞後研究室で部下がデータねつ造疑惑を起こしている
順序が逆になりますがプログラムの話の方からお答えします。
>プログラムに関して
>1.普通に考えると12文字を1文字毎に最適化するのが、最も計算量が少なくなります。
実はこの場に出しているプログラムは二代目で、最初に作ったプログラムはちょうど通りすがりさんが例に挙げてくれたような物でした。
ドーキンスも盲目の時計職人の中で似たような例を挙げていたので、それを参考に作ったものです。
ですがこれを進化のアルゴリズムとして場に出すとすると二つほど問題があるので結局今の形のプログラムにしました。
まず一つ目の問題点は変異の方向性の問題です。
このアルゴリズムを使うとアルゴリズムの性質上淘汰に不利な方向には決して行かないように変異のバイアスがかかるんです。
初期段階で適応度がゼロだったとします。
各世代では46分の1の確率で適応度が上がる変異が存在しますが、残りの46分の45は親と適応度が変わらない変異となり、適応度が下がるような変異は起こり得ません。
これと関連してもう一点が、各段階において淘汰圧がかかった遺伝子(文字)以外には変化の余地が無いという部分です。これをそのままにしておくと中立進化や退化につながるような変異が発生しません。
単純に進化だけを目的としたアルゴリズムならこれでも構わないのでしょうが、現実の進化との類似性という点ではこれを使っていいのかはなはだ疑問でした。
また、目と各色の光を感知する感光細胞とか耳と発声器官など、ある形質が存在して初めて意味を持つ遺伝子の進化などは確かに逐次性を持つので、それを表現するには確かにこのプログラムは都合がいいのですが、あらかじめ決められたルートしか通れないという点では非常にID的ではないでしょうか?
今提示しているアルゴリズムを使っている理由は、効率低下は承知の上でこういった変異自体の指向性やルートの志向性を排除して、完全にランダムな変異と淘汰圧によって起こる進化を表したかったためです。
それとこのプログラムを使っているのにはもう一つ理由がありまして、今後中立進化や遺伝子の退化を説明するための前振りの意味もあってこれを使っています。
このプログラムを応用すれば、指標に使う文字列の一部をワイルドカードにしたり指標とする文字列を途中で変えたりする事で、進化の方向が変わったときに起こる遺伝子の変化や中立進化、退化を楽に表現できますので。
反面こちらのプログラムでは逐次性という面が弱くなりますが、
一長一短ということで、私にとって説明に使いやすい現在のものを使っています。
>2.進化論型プログラムでは定式は無いが、考え方としては多数の点(異なる遺伝子)から出発して異なるルート(分岐)を効率良く探す。つまり適応度の高い順に子孫を作っても最初から最良値以外のルートを絶滅させることは無い。
>特に「交叉」を使う場合は別ルートの親でないと意味が無い。
私のアルゴリズム(有性生殖の方)では同一集団内のみでの遺伝子のやりとりを想定しています。
親集団の初期値はバラバラですがアルゴリズムの性質上100世代もすれば確かにかなり遺伝的に均一な集団になってしまいますね。
それ以降は集団内で確率的に生じる変異に進化の行方を委ねるだけです。
複数集団で別個に淘汰を行って有為な形質を育て、それを掛け合わせることで進化の速度を速めるという方法も確かに進化アルゴリズムの中には存在しますし、実際に自然界でも起こり得る事態だとは思うので進化の効率を追求するならこういう選択もありだと思います。
ただ、これを自然界で常に起きている進化のきっかけとするのはためらいがあります。
どちらかというとこれは人為的な品種改良に近い方法ではないかと。
大きな集団がいくつかの小さな群れに分かれ、普段は群れごとに交雑しているが何世代かごとに群れの再編成が行われるとか、時折他集団からの流れ者がやって来るとかいうような前提を付け加えるならこういう方法も成立しそうですが、ちょっとややこしいアルゴリズムになりそうですね。
>また、解が一意かどうかは分からないので1ヶに収束しない場合でも使えるはずであるが、黒影さんのはアルゴリズムではそうならない。
>例えば、評価関数が日本語として「われおもうゆえにわれあり」と同値であれば同じ評価値とすれば、「われ」の代わりに「おれ」、「わし」、「ぼく」でも良い。進化論型のプログラムは原理的に評価関数によって、そういう複数の同値表現を解として求めることが原理的には可能です。
私のアルゴリズムでも評価関数に複数解や同値解を入力してやれば一応こういう処理は出来ますよ。
解が複数になっても処理自体は変化しませんし。
もっとも今公開しているものには入力インターフェースを複数解に対応したものへ作り変える必要はありますが。
公開しているものを単一解の処理にしているのはこれが一番分かりやすく、説明しやすいからです。
私のプログラムの場合単純なアルゴリズムを使っているので、複数解を設定しても初期値や途中通るルート次第でどの解に収束するかが決定され、試行ごとにどれか一つの解に収束します。
同値解の場合、解が出た段階で止めずに試行を続ければ複数の同値解の間での遺伝子の揺らぎも出るはずです。
>ノーベル賞について
紹介してくださってありがとうございます。
『癌寄生虫説』は確かに受賞内容に誤りがあった物ですね。
ただあとの2例は受賞した研究内容が間違っていたとはいえないのではないかと思います。
(ロボトミーは研究内容の正否はともかく確かにこれに受賞させていいのかとは思いますが)
その他話題となった問題までいくと、もう受賞した研究の中身には直接関係の無い問題ではないかと。
これらを理由に
>そういうのを見ると生物が関与した分野が科学として十分なのか、疑問に思う。
と言われるのは非常に残念です。
>いたとはいえないのではないかと思います。
>(ロボトミーは研究内容の正否はともかく確か
>にこれに受賞させていいのかとは思いますが)
う〜ん
ポルトガルのモニス E. Moniz (1935)は、精神病者の示す種々の症状は一部の神経細胞間の結合の固着にあるという考えから前頭葉と間脳や視床との線維連絡を断つ前頭葉白質切載術(prefrontal leucotomy)を創始した。
http://homepage3.nifty.com/kazano/lobotomy.html
http://www.med-legend.com/column/etc4.html
このどこが学問的に正しいの?
BSEに関してもどこなで分かっているの?
http://square.umin.ac.jp/massie-tmd/bsecjdexp.html
ロボトミーは受賞後数年で廃れたと言われているし、BSEもまだまだ疑問は多い、要するに賞を与えるのが拙速だと思うけど
>上淘汰に不利な方向には決して行かないように
>変異のバイアスがかかるんです。
問題を勘違いしています。
文字一つ一つを遺伝子と見なして最適化するのです。逐次的と言いましたが、実際の進化で時間的に順番に行われているのではありません。
12文字(遺伝子)を並列処理しても同じです。
12文字が評価関数にたいして独立であればそういう風に計算します。
>各世代では46分の1の確率で適応度が上がる変異
>が存在しますが、残りの46分の45は親と適応度
>が変わらない変異となり、適応度が下がるよう
>な変異は起こり得ません。
それは評価関数がおかしいからです。例えば文字列を評価するのに正か偽かの2つの値しか使っていないために起こる問題です。
文字ごとに距離を出すようにすれば、「46分の45は親と適応度が変わらない変異」にはなりません。
>今後中立進化や遺伝子の退化を説明する
ワイルドカード、つまり選択勾配が無いのであれば、プログラムとしての意味も無いですが?
とりあえず、私が参考にした進化的プログラムの例は下のWebにあります。
http://mikilab.doshisha.ac.jp/dia/research/report/2004/0813/009/report20040813009.html
黒影さんのプログラムは
親をa、子をbとすると
(a+,b)型で (1+,100)となり
突然変異は完全ランダムというものですね。
評価関数は文字列に対して一致した文字数を評価値としているようです。
まず、
(1+,100)ですが(1+,1)にしても計算量は同等になるでしょう(世代は増えるが、計算量は多分減る)
つまり 突然変異させる子供の数に意味は無いと思いますが如何でしょう。
次に1文字を遺伝子と見ると1文字には一致、不一致の2値なので選択はあっても勾配はないですね。
文字列を遺伝子と見ると評価が12値の整数しかないのでマグレ当りを期待するしかない、この場合も勾配は無いと思います。
通常、評価関数として12ヶの文字に関して文字平面や文字直線を仮定して正解との距離をとってその合計を評価値とする方法があります。
つまり正解が「け」であった場合に距離を「あ」>「か」>「き」=「こ」とするのです
その上で突然変異を完全ランダムではなく、重み付けを行って親の文字からある距離内に頻度を多くします。
さてこの場合、12ヶの文字全てが距離1の評価値12と11ヶの文字が一致し1ヶが距離12である文字列の評価値は同じになります。(黒影さんの評価では0と11かな?)またどちらが早く解に到達するか不明です。
つまり最適な親を選ぶのではなく、親は複数選んで競争させた方が解に早く到達する可能性があります
(5+、20)や(4+、25)の方が(1+,100)より有利ではないかということです。
モニスとロボトミーに対する私の見解はご紹介の医学都市伝説さんのそれにかなり近いです。
http://www.med-legend.com/column/etc4.html
>脳科学が進歩していなかった時代の、あまりにつたない蛮勇の結果
ではあるものの
>正統的な教育を受け、精神疾患とそれなりに戦おうとした学者
といったところでしょうか。
>このどこが学問的に正しいの?
とのことですが、受賞内容は以下の部分である筈です。
>ある種の精神病に対する前額部大脳神経切断の治療的意義の発見
研究を始めた動機までは踏み込んでいない筈ですが違ったでしょうか?
(医学の持つ非常に結果主義的な部分だとは思いますけどね)
まあ何をもって「治療的意義」とするかでこれを是とするか否かは変わるでしょうが。
「問題行動」の減少という「介護する側」の都合で結果を判断していたようにも思えますし。
ただ向精神薬もなく精神病が不治の病と考えられていた時代に於いて
この治療法が(当時の基準でだけど)一応「効果あり」と認められており
精神的苦痛から逃れるために患者がすがれた唯一の藁だったというのも事実。
患者や家族の意思を無視して強行されたケースもあるようだし
倫理的、人道的にこの施術が間違っていたという批判ならありだと思いますが。
ちなみに精神外科手術は海外では今も年間100例程度行われているようですね。
>BSEに関してもどこなで分かっているの?
プルシナーのノーベル賞受賞は病原性タンパク質プリオンの発見に対する物で
BSEの発病メカニズムに対するものではありません。
>BSEもまだまだ疑問は多い
とおっしゃられても、だから何?としか申せません。
BSEの発症メカニズムがまだよく分かっていないのだから
それが完全に解明されるまで病原性プリオン発見に対する受賞も待つべきだった
という主張ならわかるのですが(これもノーベル賞級の研究になるだろうし)
時期尚早というのと研究内容が間違いというのはまったく別次元の話です。
>問題を勘違いしています。
以前のコメントからは一文字ずつ順番に試行して行くとしか読めないのですが…
>1.普通に考えると12文字を1文字毎に最適化するのが、最も計算量が少なくなります。
>つまり逐次的に評価しても計算量として12×47=564回以内で結果が出る問題である。
ここからこれに結びつけるのは無理です…
>12文字(遺伝子)を並列処理しても同じです。
>12文字が評価関数にたいして独立であればそういう風に計算します。
まあそれはそれとして、通りすがりさんが今回紹介してくださった例も結構面白いと思います。
各文字を一つの遺伝子に見立て、一文字ごとに評価をかけるのですね。
評価は例えば文字直線上の距離で行い、各文字の適応度の合計で選択勾配をかけると。
私のプログラムは文字列を一つの遺伝子に見立てた単一遺伝子の適応モデルですが、
この方法なら複数の遺伝子の適応モデルも出来そうです。
私が使っているモデル以上に自然淘汰らしい
ただ私が現在の評価関数を使っている理由はちゃんとありまして
どうもそこのところを誤解されているようなのでもう一度書いておきます。
>今後中立進化や遺伝子の退化を説明するため
と前回書きましたが、
>ワイルドカード、つまり選択勾配が無いのであれば、プログラムとしての意味も無いですが?
遺伝子中にワイルドカードがあるからといってそれが選択勾配がないことにはなりません。
ある環境がある遺伝子に選択勾配をかけるというのと、その遺伝子内の変化のうちに適応度に影響を及ぼさない物があるというのは別に矛盾しませんよ。
例えば複数コドンが同一のアミノ酸をコードしているため、全ての変異がその遺伝子の発現するタンパク質に変化をもたらす訳ではありません。
さらにたとえアミノ酸の置換が起こっても、それがタンパク質の機能や構造に関係無い部分であればその影響はほとんど無視できます。
ご存知かと思いますが中立進化は、分子レベルでみた場合変異には価値中立的な変異、有害な変異がそのほとんどであり、淘汰に有利なものはごく一部であるというものです。
http://www.nig.ac.jp/museum/evolution/C/bunsi-01.html#2
そのため、遺伝子レベルでみた場合各世代で起こる変異は淘汰に有害な物、
価値中立的なもの、淘汰に有利なものの三種類に大きく分けることが出来ます。
http://www.nig.ac.jp/museum/evolution/C/port/zu1.gif
私の用いている評価関数は文字の一致、不一致の単純な物ですが
子世代の変異体を文字列レベルで見た場合、親と比べ有利な変化をした物、中立的な変化をした物、有害な変異をした物の3段階にシンプルに分かれます。
例えば「われひえほまえにぬよそる」が変異することを考えた場合、552分の180の確率で有害な変異が、552分の364の確率で中立的な変異が、552分の8の確率で有利な変異が起こります。
このモデルでは各世代で3段階の勾配しかかかっていませんがこれも立派な勾配です。
自然淘汰と中立的な変異を共に表現するにはこの単純さがもっとも単純で判りやすいのです。
複数解にそれぞれ違う適応度を当てるというのや文字列直線を使った評価も面白いですが、モデルとしてはこれで十分だと考えます。
ついでに
>(1+,100)ですが(1+,1)にしても計算量は同等になるでしょう(世代は増えるが、計算量は多分減る)
>つまり 突然変異させる子供の数に意味は無いと思いますが如何でしょう。
これはおっしゃるとおりだと思います。
私が子世代の試行数を100としているのは単にキリがよく少ない世代数で結果が出て結果を見やすいからだけに過ぎません。
>さてこの場合、12ヶの文字全てが距離1の評価値12と11ヶの文字が一致し1ヶが距離12である文字列の評価値は同じになります。(黒影さんの評価では0と11かな?)またどちらが早く解に到達するか不明です。
仮に文字列直線上での変異の移動度を1とするなら前者、そうでないなら変異の起こりかた次第といったところですね。
>つまり最適な親を選ぶのではなく、親は複数選んで競争させた方が解に早く到達する可能性があります
>(5+、20)や(4+、25)の方が(1+,100)より有利ではないかということです。
これは各世代で親を5体選び、各自20ずつ子を残すということでしょうか?
この場合計算量は(1+,100)と同程度だと思います。
単為生殖の進化では親の数を増やしても確立は大きく変わらないはずです。
世代数もほとんど変化ないと思います。
1)
>演繹的に証明したいのであれば、任意の生物で任意の遺伝子に対して選択勾配を特定できることが必要であると思います。
現在の知見からだけでは帰納法的な証明はまず無理でしょうね。
必然的に演繹的な方法に頼らざるを得ないですが、これにはQTL解析を使うのが最も向いていそうです。
この方法なら遺伝子の機能を特定せずとも進化解析が可能ですから。
http://www.asahi-net.or.jp/~fh6y-uki/protocol.html
http://meme.biology.tohoku.ac.jp/POPECOL/abstract3.htm#lecture_4
2)
>世代交換の速い生物
世代時間が短い生物では世代時間の長い生物に比べ淘汰の速度は速くなると考えられます。
ちなみに動物では突然変異率は生殖細胞の分裂回数に比例するという報告があります。
また実験室で自然淘汰を再現する物は私の知っている限り大体植物か微生物だと思います。
動物で行っている例というのは知りません。
>脳科学が進歩していなかった時代の、あまりにつたない蛮勇の結果
蛮勇の結果は学問的、科学的に正しいという意味?
>>ある種の精神病に対する前額部大脳神経切断の治療的意義の発見
>研究を始めた動機までは踏み込んでいない筈ですが違ったでしょうか?
研究を始めた動機など誰も聞いていません。
「ある種の精神病」で「前額部大脳神経切断」を行うことで「治療」できるという説は学問的に正しいかどうかです。
「対症療法」って症状を和らげて人体の自然治癒を待つことでしょう。神経を切断(不可逆の治療)したら「対症療法」にもならないでしょう。
プルシナーのノーベル賞受賞は病原性タンパク質プリオンの発見ですが、BSEが問題でなければ受賞できていたか疑問だと思います。
また彼が独自のBSE発病プロセス(結果的に正しくなかった)を宣伝していたことも事実です。
>>(5臓、2贈)や(4臓、25)の方が(1臓,1贈贈)より有利ではないかということです。
>これは各世代で親を5体選び、各自20ずつ子を残すということでしょうか?
そうです。ただ親の持つ個性(突然変異の統計的パラメータ)は子に受け継がれるとします。
>この場合計算量は(1臓,1贈贈)と同・度だと思います。
>単為生殖の進化では親の数を増やしても確立は大きく変わらないはずです。
>世代数も造とんど変化ないと思います。
いえ、評価関数と突然変異の統計的パラメータによって変わります。
親の選択方・も幾つかあります。
交叉の影響とはちょっと違います
結局は評価・(選択勾配)と突然変異の考え方なのでしょう。くどいですが、黒影さんの方・が適用できるのは「ひらがな」のように変異の対象が46文字・度であるためのように思います。
ところで中立進化は中立的な遺伝子を持つ個体が遺伝的集団内に広がることが必要では無いのですか?
黒影さんのプログラムで中立的な突然変異はあるでしょうが、それは中立進化と呼べるものでしょうか?
IPから見ていつもの通りすがりさんだと思うので
勝手ながら名前を書き足させて頂きました。
なお、既に回答済みの質問のみですので返答は省略します。
今日最初の記事からずーっと読ませてもらいました。
あ、僕は植物の細胞分子生物学を専門にしたい学部三回生です。
進化はよくわからないので何もいいませんが、
ノーベル賞は、他になにをしたとか、そういうことは関係ないんですか?
精神病なんちゃらはよくわかりませんが、
プリオンの発見はノーベル賞級だと思います。
BSE関連にしてもそうですけど、プリオンって大学生の生物学のみんな買う教科書(Essential cell biology)にも載ってました。
やっぱすごいんかな〜って。
適当な意見ですんません。
読んでて疑問に思ったこと
1 進化ってプログラムで説明できるようなモンなんですか?すごい議論されてますけどそもそもそこが気になりました。
2 通行人さんはどこにいっちゃったんですか?
3 IDの話からずいぶんずれましたね。。
そもそも、お二方(いやそれ以上?)の議論が噛み合っているようで(?)噛み合ってないのは通りすがりさんが『正の自然選択』を土台にしているからで、ダーウィン側の主張する『負の淘汰』ではないからだと思うのですが…。疲れるのも分かります。
せっかくですから分子細胞生物学を専門にしたい学生さんにコメントを(なぜ!?)。
1. 進化はプログラムで説明できるとは思いますよ。でも、あまりにパラメータが多すぎて複雑なので量子コンピュータができでもしないとシュミレートするのは大変だと思います。遺伝アルゴリズムは最適解を得るためのものであって、現実世界に存在しないと言ってもいいものに対しては使えないと思います。これは「解が1つ(もしくはそれに準ずるもので明らかなもの)」という数学的発想のものを対象に使います。
ちなみに、ある研究室では大腸菌を遺伝子改変することによって共生系を強制的に作り出し、それによって淘汰を説明できないかとやっているところがあります。パラメータが2つ(2次の系)だと、系が単純でロジスティック方程式の形で表されますが、3次以上の系になると複雑系になり、そんじゃそこらのコンピュータじゃ解はなかなか出ません。ですが、大腸菌を使うことで、超並列コンピュータの代わりができるという期待がされています。
2. どこいっちゃったんでしょうね。夏休みでしょうか?
3. まあ分野の違う方のようですしね。生物分野の論文は情報系の論文と書き方が違うらしいです。生物系のような現象論が元になって分からないことだらけのことを地道に解明していくには、最後にモデルというのを考えて次の研究に繋げていくわけですが、このモデルは「考察」であって「結果」ではないということが誤解を生む最大の要因だと思います。新聞を読んでいるだけの一般庶民にとっては、新聞の記事がこの「考察」をも「結果」と受け取れるような書き方をするのでさも空想の産物であるモデル(もちろんこれまでの証拠を元にして空想を書いているわけやけど)も明らかになったことのような誤解を与えるのです。そのあたりを注意するようにすればきっとちゃんと論文が読めるようになりますよ。僕も4回生になったときに論文紹介をゼミで初めてするときとか、かなり言い回しだったりを突っ込まれたから。「考えられ」と「示唆され」の使い方とか…。
ちなみに、僕は脳の発生の研究をしてました。〜学で言えば分子細胞生物学であり、神経生物学、発生生物学になるのかな。分子細胞生物学と言ってもかなり広いよ。
>通りすがりさん
>>例えば卵を大量に産んで放置、と、
>>1匹を大切に育てる、
>>はどちらも同程度に適応的
>と書かれていますが、1つの集団で残るのは1つだと思います。
>集団を2つに分けて進化させれば集団ごとに発現する形質が異なる場合はありますが、2つの集団を混ぜると最終的には1つになるように思います。
というのは、どうなんでしょう。遺伝子には優性劣性があるのだから共存するものと思いますが。むしろ、2つに分けた後に1つにした場合、より多様性が生まれるという可能性もあると思います(遺伝子的には)。
「最終的に1つに」というのはたとえば言葉なんかがそうなのかもしれませんが、日本語にもいろいろな方言がありますが今は情報伝達も早くなりきつい方言はあまり使われなくなって均質化されつつあるように見えます。しかしこれは文化であって、遺伝子的な形質ではありません。
ついでにいつ帰ってくるか分からない通行人さんに。ある遺伝子がこの機能を持つ(たとえばPax-6とか?)、ということが明らかになったのはもともとはその遺伝子を発現させないようにしたりして異常が起こったから分かった、ということを理解されているのでしょうか。そのPax-6の持つ生物学的意義は「分かったら面白い」的なことであって、実際そういったことを解明できたらなあと日々研究者たちが頑張っているのです。その遺伝子が偶発的なものではなく、「目に見えなかったもの」程度のものです。ちょうど10番目の惑星が発見されたり、山の中で白骨死体が見つかったりしたのと同じことです。その存在理由だったりは後から考えればいいことです。実際、Pax-6は眼以外の場所にも発現している遺伝子ですので、場所場所によって機能(といったら語弊が)が違うのですがそれ自体の持つ性能は同じです。眼以外の場所に発現しているからといってそこが眼になるわけではないです。
うわ、長。長文失礼しました。
>>例えば卵を大量に産んで放置、と、
>>1匹を大切に育てる、
>>はどちらも同程度に適応的
>と書かれていますが、1つの集団で残るのは1つだと思います。
>集団を2つに分けて進化させれば集団ごとに発現する形質が異なる場合はありますが、2つの集団を混ぜると最終的には1つになるように思います。
どうして2つの集団を混ぜると最終的には1つになるんでしょう?まあ、シミュレーションで2つの集団をあてはめたらわからんことではないが。でも実際にはもっと多くの集団があり、じゃんけんの紙、鋏、石的な要素を持ってる。そもそも進化論に「最終的」という言葉が理解できない。進化は半永久的に続くから(地球が火星のようになってもまだ生き残る種がないとはいえない)。進化で定常状態てないと思いますが。気温だって毎日変動してるし。
生存可能性を上げることが出来、そのため次世代に子孫を残すことが出来る可能性も上がります。
このような自然淘汰によって遺伝子の変化が積み重なり生物の進化が起こったとするのがダーウィンの進化論です。
ここで、自然淘汰圧がある種の新機能を発展促進するというところまで説明できていないのに進化の説明にこれがなるのかということです。
これが突然変異で起こるとすると一度出来たまたま機能に即した突然変異が起きる確率はどのくらいになりますか?
足が伸びた、手が伸びた程度のことで立証したなどと言うことはトンデモであるし、薬剤に対する抵抗力ていども環境対応のレベルであるから、まったく違う生物と言うほどでもない。
化石の証拠?別にIDは変化に知的干渉があったとするのであってそれが単に自然環境や自力でないと言うのが問題であるだけです。即、物的証拠が得られるレベルでないと研究費がでないのが、科学者の世界であるから、まあ、見えない世界からの力なんて可能性があっても対象にできないことは理解できる。
しかし、今の科学は結果主義であるから本当の現象の理由などはどうでもよく過程があることがわかれば、それでよいのであろう。IDはもっと先の現象の起源に知的作用があるかを現象から探ろうという試みである。計画が推定された時過程の仮説が得られるかも知れず、そういうところからの実証結果は今後上がっていくだろう。
私はIDが完成されたものと主張したいわけでないが、それはこの世界を客観的に理解するには必要な研究である。もちろん、創造科学には思い込みの世界もあるだろうが、それとIDを研究すべきかどうかというのは別問題だ。それを最後まで理解されない頭の固さは恐れ入った。資料提供ありがとう。貴方の提示した資料は今後ゆっくり読ませていただく。
進化論が生物の環境対応論として有効であるし、実質的に役に立つことは理解できる。ただ、それと生物が自然の秩序と物理化学的性質だけでできたのは別の話だ。
人間が知的に作るものには常に過程があるが、その過程が全て記載された設計図があっても知的作用がないわけでない。むしろその設計図こそが知的作用の証なのだ。私はそう思う。
つまり、たびたび提示された各種資料を読みもせずに
自説を開陳してるだけだったわけですねえ……どおりで。
私はIDを通じて心を伝えようとしたが、伝わらなかったのは残念に思う。では、またいつか気が向いたら書き込もう。
私の文書も読まないで反論されたと思ったものもあったが、全て読む時間がなくざっと目を通しただけのときも確かにあった。
まあ、せっかちなのは私の悪いところですね。
何か私には書きたくなるらしいが私も我慢して書かないことにしよう。
ちがうよ。他人の話は徹底無視。私の思想は世界いちぃ〜〜、という腐った性根が悪いんだよ。
子育てで時間が無いなら、そもそもこんなところで管巻いてる場合じゃなかろう。
言い訳まで見苦しいとは救いようが無い。
神様は何でこんな人間をデザインしたのやら。
>人間は自然淘汰の説明など作れないのだ。
ならば、デザイナーさんに質問です。
「どうして世界をこのようなカタチにデザインしたのですか?」
それにしても、「我慢して書き込まないように」ねぇ・・・守れないほうに4000ペリカ。
>こういうものを頭から否定するのは勝手ですが、私にはこれを否定するべきでないと思ういくつかの現象を知っています。
ですから、ご存じならそれを呈示してください。根拠もあわせて。
あ、またダーウィンのブラックボックスですか?それともドーキンス氏?
はりぼて様に同意。私も守れないほうに5000フォリント。
別エントリでもやっていたけど、「ネズミ捕りはたった一つのパーツも欠けられない完璧なシステム」と最初言っておきながら、ツッコミを入れられるや数日も経ないうちに「貴方の言っているネズミ捕りと私の意図しているものは違う。」と言い出し、挙句の果てに「ネズミ捕りの先行体(この言葉もなんだよそれ、ですが)は概念的で、かつ物理的には先行体とは言えないかけ離れた機能性がある。」などとのたまう。
しまいには「ネズミ捕りは判りやすい例えだ。」って、例えに持ち出した品物まで綺麗さっぱり消え失せていることを恥じるどころか誇ってみせるんだから始末に負えない。
こんなトンデモ君の言う「これを否定するべきでないと思ういくつかの現象」も三日もしないうちに全くの別物に取って代わっているに違いない、に1万ルピア。
黙っていられない、には5万ルピアだ!もってけID、もとい、もってけドロボー!
私は「ID論を研究すべきだというならばそれに足る証拠を出せ」と言っているだけなのですが。
証拠を持たない理論などトンデモに過ぎないわけで、そしてID論者は未だにまともな証拠を出していない。
さらに様々な状況証拠はデザイナーが進化をもたらしたと言う説を否定している。
それを理解できない頭の固さにはほんと恐れ入ります。
おまけにこっちの提示した資料もろくに読んでいただけなかったみたいだし。
>こういうものを頭から否定するのは勝手ですが〜
また被害妄想ですか?
頭から否定しているんじゃなくて、肯定するに足る証拠を出せない上に否定的な証拠の存在を無視するから科学ではないとトンデモ認定されるんだと何度言ったら理解して下さるのでしょうか?
あなたの主張は物事の因果関係の理解がひっくり返ったものばかりなんですよ。
>正直言えば、私も資料は読んだものも読まなかったものもある。
>仕事を持ち家では小さな子もいて時間もないのに反対している中にわざわざ来て書き込むのは結構至難の業なのだ。〜
いいわけご苦労様です。
自分のエゴばかり主張するのでなく、時々日本語と論理構成が崩壊しているコメントにいちいち対応しているこっちの苦労も察してくれると嬉しいです。
>人間は自然淘汰の説明など作れないのだ。
説明はあるのにあなたがそれを理解することを拒否しているようにしか見えませんが?
どうやらあなたの脳は「ダーウィン主義を誤解し、信じがたいと思い込むように、特別にデザインされている(Byドーキンス)」ようですね。
一度ご自分の脳味噌を研究対象にしてみてはいかがです?
インテリジェントデザインの証拠になるかもしれませんよ?
宇宙の秩序が人間をその秩序を理解するものとして作り出したとも言えなくはありません。その秩序が目に見えるものか目に見えない世界のものかと言えば、目に見える世界を越えたものから始まったらしいとはいえるでしょう。それでは、知が先か物質が先か、IDはわからないものを調べずにIDとしていると批判を受けますが、進化論側もどうやら知的存在を理論的に説明する方法はないと最初からあきらめているようです。
私はID理論の今の説明が完璧とは言えずとも説明において説得のある方法を発見しだしたと思います。
サルと人は共通の祖先を持つ・・・ですが。
進化論の初歩の初歩も理解できずに進化論批判ですか?
>宇宙の秩序が人間をその秩序を理解するものとして作り出したとも言えなくはありません。
あなたはそう思うのですか?
わたしは証拠が無いからコメントしませんが。
>その秩序が目に見えるものか目に見えない世界のものかと言えば、目に見える世界を越えたものから始まったらしいとはいえるでしょう
何故ですか?
突っ込まれても、答えずに済むからですか?
>それでは、知が先か物質が先か、IDはわからないものを〜
前提が証明されていないのに、先に進まないで下さい。証明されていない事を前提に話を進めるのは、トンデモさんです。
>進化論側もどうやら知的存在を理論的に説明する方法はないと最初からあきらめているようです。
進化論側は知的存在の介入は無いと言っているのです。
無いモノの説明は出来ないでしょう。
進化論では、「知的存在の介入は有るか無いか分からない」ではないでしょうか?
知的存在の介入が無いと断言するには証拠が必要で、これは悪魔の証明であり、事実上立証不可能です。
「無い」と主張することはID論と同じ過ちを犯していることになりますので、
訂正されたほうが宜しいかと思われます。
参考までに。
ID論者の犯した3つの過ち
http://blackshadow.seesaa.net/article/14644617.html#more
でも私には進化論がまだ「天動説」の段階に見えることがあります。研ぎ澄まされた進化論の核の中にも素朴なIDと同質の問題が未だにはらまれているのではないか。
例えば「複雑な発生機構の進化によって単純な単細胞生物から高度な体制の脊椎動物が生まれた」というような表現が良く用いられます。
この記事中のブラインド・ウォッチメーカーからの引用でも「(自然淘汰によって)途方もない結果が生まれる」という表現。
あるいはこの記事の「小さな変化の累積が見事なデザインを生み出す」と言う表現。
こういう表現にふれると小さな抵抗を感じます。違和感の元は「高度な・途方もない・見事な」ものが「進んで」いる、という人間的な価値観の混入です。
多くの人がIDにすがる気持ちは、生命全体がただ資源を消費して緩やかな死を待つ存在だと認めることへの恐怖から生まれるのでしょうか。だとしたら、自己複製子にあふれている地球の現状を他の惑星と比べてなにか特別だと思うことも同じように感傷的です。別に生命現象が全体としてエントロピーを逆流させているわけではないですから。我々が生物で人間であるからこそ、進化論に混じっている「価値観」から脱却できればさらに開ける視野があるんじゃないか、と思います。
そういう皮肉な意味でIDには学ぶ点があると思います。
進化が偶然の所産ではないことには同意なのですが、そのプログラムはひどいですね。
あらかじめ目的の文字列がわかっていれば、
われおもうゆえにわれあり
12×46回でそりゃ到達すると思いますが…
それじゃ露骨過ぎるから46回に相当する部分をランダムにするんですか?
「淘汰圧」とか、わかりにくい言葉でごまかすのはうろんですなぁ。
もっとも、「生物の最終進化形は既に概念としては存在している」ことをほのめかしたい、示唆したいという大いなる暗喩があるなら、話は別ですが。
「納得できる運命論」についての描写があります。
もっとも、「納得できる」だけであって、「素晴らしい!」と手を叩きたくなるほどじゃ、ないんですけどね。
分からない、分かりにくい言葉はご自分で調べてみたら如何でしょう。
そも、淘汰の意味が分かれば淘汰圧の意味も分かるような気がしますが・・・。
#掛け算の説明中、「足し算なんて分かりにくい言葉で誤魔化すのはうろん」と言えばクラスは静まるだろうか
>あらかじめ目的の文字列がわかっていれば
というのが生物進化の一番誤解を受けやすいところであり、何故それが間違いなのかは、ちゃんと本文中で説明してあるつもりだったんですけど。
コメント欄を見ていただければ分かりますが以前にも似たようなやり取りがありまして、こちらとしてはプログラムの持つ定向性の問題は承知の上で注釈を付けて使っている以上、ご指摘に対しては「いや既に本文中にそう書いてあるし」としか申せません。
誤解を招くような部分は出来るだけ直したいので、今後の参考までに何故そのような理解になったのか、もう少し具体的に理由を書いて頂けるとありがたいのですが>メルヘンひじきごはんさん
すごい掲示板ですね。私も書き込ませていただきます。
すごく疑問なのですが、進化とIDって相反するものなんですか?
医療では、ある病気を引き起こす悪性ウイルスに対してワクチンを投与してもいずれはワクチンが効かない新種のウイルスが登場する場面がある事は周知の事実だと思います。
単なる突然変異だという風に片付きますが、生命力の成せる業なのではないでしょうか。
どうしてか形の違うタンパク質を作り出せるようになったという事で・・・
DNAが変わった?そう考えると生命体が進化するのもありえると思います。
でも一個だけどうしても理解できないのです。
一番初めの原生生物ってDNAを持っているんでしょうか?
wikiで生命の起源を読んだのですが(生命の起源 化学進化説の欄を抜粋)
>4.こうした原始海洋の中で、脂質が水中でミセル化した高分子集合体『コアセルベート』が誕生する。
>5.『コアセルベート』は互いにくっついたり離れたり分裂したりして、アメーバのように振る舞う。
>6.このようなコアセルベートが有機物を取り込んでいく中で、最初の生命が誕生し、優れた代謝系を有するものだけが生残していった
↑この6.で有機物を取り込み中に生命が誕生したことになっていますが、ずいぶん飛躍しています。
この説明ではDNAが存在し得ない生命と思えます。
さらにwikiを読み進めていたら単純な単細胞生物にも核があるようなので、そうするとDNAを持っている事になりそうです。
生命ならばDNA(生命体の生成情報?)も無くてはならないと思いますが、
いかにアメーバに似た物体が出来ても、似ているだけで生物ではありません。
DNAがないんですから。
その状態から生命になるとはとてもじゃありませんが難しいと思います。
そもそも有機物というパーツしかない状態から生命が出来たという考えも不思議に思います。
DNA構成体は螺旋状に精密に組みあがっていますが、初めの生命体もそんなものが偶然できたというのでしょうか。
しかもDNAを完全に複写して分裂可能な生命体が。
そういう面で考えるとIDもありなのではないでしょうか。
はじめまして。
>すごく疑問なのですが、進化とIDって相反するものなんですか?
ご質問の答えはYESでもありNOでもあります。
何故ならID論を唱えている人達の中には、「全ての生命は神の計画通りに作られた」というバリバリの聖書原理主義者から、「2001年宇宙の旅よろしく人類の進化には地球外知的生命体の介入があったのだ」というSF大好きな人まで多様な人達が存在するからです。
中でも多いのが、生の無目的性に耐え切れず、それゆえに「人間なんてたまたま生まれてきただけに過ぎない存在なんだよ」と彼らには聞こえるらしい進化論を敵視する人達です。
本当の意味で進化論を否定する人達は少数で、進化論が否応無しに考えさせる内容を受け入れられないからこそ否定している人が多いというのが私の理解です。
典型例は下の記事を見ていただくのが分かりやすいかと思います。
参考:インテリジェントデザイン理論(ID理論)にはまっちゃった産経新聞
http://blackshadow.seesaa.net/article/7460434.html
ちなみに科学に抵触しないID論というのは成立可能です。
つまり進化論を全面的に認めたID論。
全面的に認めた上で、誰かこっそり生命の歴史に介入している者がいるとする説。
まあ今のところ証明は不可能なので所詮はSF止まりですけどね。
裏でどう考えているかはともかく表向きこの立場をとる人間はそれなりにいるのですが、馬脚を出して叩かれたり、進化論を認めない立場のID論者に足を引っ張られたり、鞭毛や免疫のような藁にすがって流されていったりと、大抵ろくな目に遭っていません。
個人的にはID論みたいなけちの付いた論はとっとと捨てて、新しい立場に移りかえればいいのにといつも思うのですが、やはり大樹の下はそれなりに魅力的なようです。
私はそれでもあきらめない彼らのことがそれなりに気に入っているので、個人的に介錯のお手伝いをする事にしています。
その辺の関係はこちらの記事をご覧ください。
参考:ID論の創造論内における分類学的位置付け
http://blackshadow.seesaa.net/article/14613608.html
参考:創造論とID論の分類フローチャート
http://blackshadow.seesaa.net/article/14619004.html
>でも一個だけどうしても理解できないのです。
>一番初めの原生生物ってDNAを持っているんでしょうか?
原生生物なら間違いなくDNA持ってますよ。なぜなら単細胞とはいえ真核生物ですから(笑)
核を持つ生物の前には当然核を持たない生物の存在があります。
参考:原生生物の進化: index
http://protist.i.hosei.ac.jp/evolution/index.html
おっしゃりたいのは「最初の生命」という意味だと思いますが、最初の生命がDNAを持っていたかどうかは分かりません。タイムマシンでもあれば別ですが、現在の我々には当時を知る手段がないからです。まあ現在分かっている事から推測するなら多分持っていなかっただろう、という意見が主流です。
生命をどう定義するかによっても変わってきますが、生命の原型は自己複製子であっただろうという事で大抵の科学者の意見は一致しています。自己複製子とは自分自身のコピーを作る分子の事で、RNAワールドと呼ばれる仮説なんかがこれにあたります。
参考:RNAワールド - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/RNA%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E4%BB%AE%E8%AA%AC
「細胞」は分かりやすい生命の単位ですが、生命の成立要件ではありません。RNAかDNAか、はたまた他の何かかも知れませんが自己複製系がまず存在し、それが殻に包まれる事で「細胞」が誕生したというのが現在の生化学の理解です。
なお、Wikiは確かに便利なものですが、こういう科学の最先端の部分の知識を得るためならば、きちんとした教科書を読む事をお勧めします。
Wikiではどうしても限られた情報しか得られませんから。
ちょっとボリュームはありますが「シリーズ進化学」などがお勧めです。
このコメントでの話に対応するのは3巻になります。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000069233
>進化という概念はごく単純なものなのに、どうしてその説明はこうも難しいんでしょうねぇ。
全く仰るとおりだと感じます。
>>あらかじめ目的の文字列がわかっていれば
>というのが生物進化の一番誤解を受けやすいところであり、何故それが間違いなのかは、ちゃんと本文中で説明してあるつもりだったんですけど。
これにつきましては、これ自体が進化を理解していないと理解できないものだからではないでしょうか。どうやっても、進化の概要も知らない人には合目的だと映りますよね。そして本文中にもありますように、誰しも進化を理解していると思いこんでいることが混乱に拍車をかけます。一番最初の「通りすがり」さんのように、生物学には詳しくないと仰るその直後に「いまさら自然淘汰」という言葉が出てくるのはそれを明確に表しています。ハッキリ言って、アナロジーとしては出来が悪いと思うのです・・・・。