しかし時を遡ること17億年、太古の地球には自然に生まれた原子炉が存在した。
天然ウランには核分裂を起こしやすいウラン235の他にウラン234、ウラン238という核分裂を起こしにくいタイプの同位体が存在する。現在ではウラン238がウラン元素の99.275%を占めており、核分裂反応に使われるウラン235はわずか0.72%しか存在しない。
この濃度は核分裂の連鎖反応を続けるには十分ではない。そこでウランを原子爆弾や原子炉の燃料として使うにはウラン235だけを濃縮してやる必要がある。原子炉の燃料で約3〜5%、原子爆弾では90%程度までウラン235の比率を高める必要がある。
ウラン235の原子核に中性子が吸収されると原子核が不安定になり核分裂を起こす。
この際に大量の熱と複数の中性子が放出され、飛び出した中性子が他のウラン原子核にぶつかることで次々と核分裂の連鎖反応が起きる。これが原子炉や原子爆弾の基本原理だ。
一般的な原子炉の場合は発生した中性子の運動エネルギーを減速材で低下させ、原子核に吸収されやすい熱中性子に変えて核分裂連鎖反応を起こさせる。
例外として高速中性子を用いるタイプの高速炉、現在試験中の高速増殖炉ではウラン238のプルトニウムへの変換を行うため、減速材は用いずに高速中性子をそのまま核分裂連鎖反応に利用する。
原子爆弾の場合も減速されないままの高速中性子を用い、ウラン型の原子爆弾では二つに分割した半球を一気に合わせて臨界量を超過させることで原子核反応の連鎖を引き起こした。
(プルトニウム型の原爆では爆縮レンズによって臨界に到達させる方法が採られた)
[発電用原子炉の炉型 原子力百科事典 ATOMICA]
[原子爆弾と水素爆弾はどう違いますか。原子力百科事典 ATOMICA]
◆天然の原子炉
鉛より重い元素は原子核が不安定であり、長い時間がたつと崩壊してより軽い元素へと変化する。
崩壊により元素の量が元の半分になるまでの時間を半減期といい、ウラン235の場合半減期は7億年だ。(ウラン238の半減期は45億年)つまり過去の地球ではウラン元素中のウラン235の存在比は核燃料並に高かったのである。
原子炉が実用化された後、その理論と過去の地球ではウラン235の存在比が核燃料並に高かったことを元に、太古の地球に天然の原子炉が存在した可能性を予言した科学者が存在した。
この独創的な発想に世界で初めてたどり着いた科学者が日本人であったことはほとんど知られていない。
1956年、当時アーカンソー大学の助教授を努めていた黒田和夫氏はアメリカの学会で天然原子炉が存在する可能性を指摘した。
当時発表されたばかりのフェルミの原子炉理論を用い、ウラン235の存在比の高かった太古のウラン鉱床では減速材となる地下水などの存在さえあれば自然の原子炉が生まれる可能性があることを予言したのだ。
しかし余りに突拍子もないこの予言はほとんどの学者から疑問視され、注目されることもなかった。
ところが十数年後の1972年、中央アフリカのオクロ鉱床中で得られたウラン鉱石中のウラン235の存在比の異常、核分裂生成物としか考えられない希土類元素が発見され、天然の原子炉が実在したことが明らかになった。
現在ではオクロには合計で12箇所の天然原子炉が発見され、そこでは60万年もの間断続的に臨界状態が起こっていたことが明らかにされている。
天然原子炉は、1972年の最初の発見以来、1985年までにオクロ鉱床で12個が発見されている( 図2 参照)。これらは、No.1〜No.12ゾーンと呼ばれている。
オクロ天然原子炉のうちNo.1〜No.6までの原子炉ゾーン( 図3 参照)で放出された合計のエネルギーの計算値は、約6,000,000MWdあるいは16,500MW・yrである。この値は、現在の100万kW級の原子力発電所の原子炉5基を全出力で1年間運転したときに発生する熱エネルギーにほぼ等しい。
[天然原子炉(オクロ原子炉)原子力百科事典 ATOMICA]
自然に生まれた原子炉がよく熱暴走してメルトダウンしなかった物だと驚いた。
余程うまい条件が揃っていたのか、それとも地球中探したら太古のメルトダウン跡がどこかで見つかるのだろうか。
この太古の原子炉は核廃棄物の問題を考える上で絶好の資料となるので
核開発の関係者の間では結構有名な物だそうだ。
◆後書きみたいなもの
原子力関連の調べ物をしていてたまたまこの天然原子炉の話に行き当たったのだが
何というか科学技術って結局自然の模倣なんだよなと、お釈迦様の掌中の孫悟空みたいな気持ちになった。
ありきたりな感想だが、自然というのは本当にすごいな。
―5月28日追記修正済―
60万年も稼動だなんて、すごいものですね〜
と書かれているようにさすがに地下水がなければ臨界には達しなかったと思います。そして、人工の原子炉のように冷却をふんだんに行っていたわけではないので沸騰して水が蒸発すれば臨界では無くなるわけで連続して核反応が起こっていた訳ではないのでしょう。
丁度、JCOの事故でPuの沈殿が沈んでの臨界、沸騰により攪拌しての非臨界と同じようなものかと。
>ウラン234、ウラン238という核分裂を起こさないタイプ
「核分裂を起こしにくい」が正確。全く起こさないわけではなく、割合はわずかであるが、起こすため注意が必要。
>ウラン235に熱中性子が吸収されると
いわゆる熱中性子炉に関してはこの説明で大丈夫だが、もんじゅなどの高速炉ではこれだけの説明では成り立たないため、「現在一般的な原子炉である熱中性子炉」と追記する必要あり。なお、原子爆弾では中性子の減速を行わない(行うほど待てない)ため、原子爆弾に関するこの説明は全く不正確であり、削除する必要がある。
>JCOの事故でPuの沈殿が沈んでの臨界、沸騰により攪拌しての非臨界と同じようなものかと。
事実は全く異なります。まずJCOの事故で臨界となったのは中濃縮(約20%)のウランであり、プルトニウムではありません。まあ、臨界反応にともなう中性子放出でごくわずかにプルトニウムが生成されたのでしょうが、存在は少なくとも臨界維持には無視できるほど、わずかなはずです。
また、この場合、沈殿が沈めば臨界にならず、むしろよく攪拌されて均一(これが重要)になれば、最適減速に近づくため臨界となります。沸騰を起こした場合、体系の体積(表面積)が増加して、その分中性子が逃げるため、未臨界になります。
かなり難解ではありますが、ご参考まで。
上記で「沈殿」と書きましたが、あの科学形態では確か溶液だったはずで、沈殿ではなかったはずです。
なお、臨界事故には様々な形態があり、減速過多の体系では、逆に沈殿を起こしたことにより臨界になる(過去に事故例あり)など、そのメカニズムは多種多様です。一概に言えないことには注意が必要です。
ちと状況の理解不足と言葉足らずのところがありすいません。
当時のNHKの解説では沈殿槽での作業であったため、プルトニウムが沈殿するに従い、下層に水分という減速剤が存在する中で臨界濃度に達して核分裂反応が起こる。そしてその時の熱で攪拌が起こり反応が停止するという状態が続いていると言っていたのを聞いていたためです。
プルサーマルでのPu比率が低いのは承知していますが核分裂性物質の主体としてPuと表現したのは行き過ぎでした。
ご指摘ありがとうございます。
早速訂正しました。
黒影様
早速の訂正、お手数をおかけしました。この記載なら全く問題有りませんので、ご安心下さい。
ななしニダ様
また細かくて恐縮であり、NHKで何故そのように誤った解説をしたのか事実関係は不明ですが、JCO事故にプルサーマルは全く関係有りません(社会的にプルサーマルの実施を阻害したという話とは別ですが)。
JCOで臨界事故を起こした物質は、現在は中濃縮ウランを用いている高速炉「常陽」向けのウランであり、この臨界事故前にはプルトニウムは含まれていません(「常陽」では過去に核燃料サイクルの実証としてプルトニウムも使われたため、混同しやすいのですが、現在の炉心は異なり、中濃縮ウランを使用しています。<細かい話はまだありますが、ここでは省略します。)。
また、「高速炉」向けのものであるため、熱中性子を意味するthermal neutronとプルトニウムをミックスさせた和製英語であるプルサーマルとは、物質も利用する中性子の状態も両方とも異なります。
原子力の世界では専門用語ばかりが飛び交い、非常に分かりづらいものとなっており、恐縮するばかりですが、ご参考まで。
ここの記事を見て、読み返してみたくなったのですが、本棚のどこかに埋もれて見つかりません・・・・。残念。「ベムハンター・ソード」も持ってるはずなんですが。
黒田氏は、2001年の4月に84歳で亡くなったそうです。