これは数年前に行われた大人に対する科学知識の国際調査を取り上げ、
日本の大人はあまり科学知識が無いからサイエンスパブなど色々な方法をとって
一般の人の科学知識を向上させるような取り組みをしましょうよ
といった感じの内容で科学知識調査の設問以外はまあいい内容だった。
問題はこの設問の中身で、やたらとおかしな問題が多かったので私は前回問題の由来について調べてみた。
幻影随想: あんまり科学的じゃない文科省の「科学常識チェック」
その結果問題の元の英文から誤解されそうな文章であったこと。
文部省内でも何故か資料の転載が行われるうちに問題文の変化が起こっていること。
変化の結果さらに設問の問題性が悪化していることが明らかになったわけだが、
ブログ界でも何人もの人がこの記事を取り上げて記事にしており、その中に気になるものがあった。
その記事とは、『5号館のつぶやき』の
『引用は正確に(読売オンラインに苦言)』という記事だ。
(気が付くきっかけになったTBをくれた『くろんの風』のくろん氏に感謝)
この記事ではタイトルにあるように問題文の変化(悪化)の原因を読売記者に求め
読売新聞に対してクレームをつけているわけだが
上に書いたとおり元々の改変は文科省の資料中で既に起こっている。
元『http://www.nistep.go.jp/achiev/abs/jpn/rep072j/rep072aj.html』
↓
改変後『http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu10/siryo/04122701/002/001.pdf』
『http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/16/06/04060202/010.pdf』
少なくとも2004年の報道資料に既に問題文の改変がうかがえる。
読売の記事中の文とこれらの資料で問題文が一致する。
なお、読売の記事では文末が短くなっている設問があるがこれがどちらの行為によるものかは不明。
ゆえに文中にこうあるが
報道記事を読む我々は、その改編されたものを基準に場合によっては文科省を批判することになるかもしれません。わかりやすくなるようにと良かれと思ってやった記者の「親心」は理解できなくもないですが、いやしくも科学リテラシーを問うという記事なのですから、その引用には科学的信頼性が必要だと思います。
その批判は文科省にそのまま向けられるべきではないかと思う。
文科省から提示される資料だけを元に記事を作った記者に、文章改変の責任を問うのは酷だろう。
もっとも欲を言うなら設問のおかしさに気が付く科学知識と、ソースにあたる努力を求めたいが
このような基準をクリアできる記者は日本中探してもそうはいるまい。
◆科学知識とメディアリテラシー
ここから本題。
私が『5号館のつぶやき』の記事で気になったのが、
問題文の改変を読売記者によるものとして疑いもしていない点だ。
私が見つけた資料は『11問 文部科学省』というキーワードでGoogle検索
あるいは文部科学省サイトで『"11問"』というキーワードで検索することで容易に見つけることができる。
あえて『科学常識』というキーワードを外すところがミソ。
あるいは『科学技術基礎概念の理解度』という元の調査のキーワードを使って検索してもいい。
先に大元の資料を見つけてしまったのでは勘違いしても仕方が無い面もあるが、
『〜なら間違っていても当然』と考えることは
『〜なら当然正しいに違いない』と思い込むことの裏返しであり
どちらも思考停止状態という点では一緒である。
メディアリテラシーの一番の敵はこうした思い込みだ。
いかに科学常識があれど、こうした思い込みに邪魔されては正しい思考はできない。
『5号館のつぶやき』の栃内氏にも是非、
何故設問の変化が起きたのかというところでもう一歩踏み込んで調べて欲しかった。













メディアリテラシーの敵の話、面白いです。
「文科省の資料だから正しい」と思い込むから、わわけがわからないまま記事にする。
論文のテキストに書かれていることが正しいと思いこむから、本当の一次情報である「グラフ化された数値」や「写真」「実験条件」等が語っている事実に気がつかないまま記事にする。
でも、何も信じなければ、全部自分で調べなきゃならない。それも不可能なことです。
ましてや、科学に興味のない人にとっては、どうでも良いことでしょうし。
なぜ、このような間違いが起きたのか?と考えた時、私も翻訳間違いを考えましたが、その間違いを学術機関が行ったとしたら、ありえないと思いました。でも素人の役人や記者なら、ありえる話。いかにも、直訳しましたという文が気に入らなくて、文意が変わると言うことに気づかず、書き換えた人がいたということでしょう。
どちらにしても、「日本の大人の科学常識がない」という記事の結論には、皮肉にも影響しません。
最初から完璧でなくてはだめ、ではなく、誰でも間違えることがあるという事実を受け入れながら、正しいことが判れば、修正していく姿勢の方が大事ではないでしょうか。
トラックバックしていただきまして、ありがとうございます。
アタシが使用しているブログはトラックバック先を入力しても保存されないという欠陥があるようです。
さて本題ですが、原文に手を加えるということは意訳になり、原文の意味を正確に訳していないということにもなりかねないと思います。
親心ってなんなんだ? 質問の意味がわかりにくかったら、補足を付ければ済むことでしょう。
今回の質問文の誤訳(少なくとも3と4は)だけでなく、ネットの新聞記事で参照されている英語の記事を読むと、原文には書いていないことが書かれていることがあるようです。
自分のブログで取り上げたことがあるので、後ほどリンクを貼りに参ります。
>最初から完璧でなくてはだめ、ではなく、誰でも間違えることがあるという事実を受け入れながら、正しいことが判れば、修正していく姿勢の方が大事ではないでしょうか。
仰るとおりです。最後の一文は私の勇み足ですね。
『5号館のつぶやき』のstochinaiさんの取られた態度は実に立派だと思います。
>koneko04さん
コメントありがとうございます。
後ほど貼りに来られるという記事を楽しみにしております。
前の「あんまり科学的じゃない文科省の「科学常識チェック」と一緒に拝見させていただきました。
私は今学校で科学リテラシーについて研究しようとしているものですが、
このままじゃ日本は傾くのかも知れないと
感じずにいられません。
特に2択の問題で正解率が51%なのはショックでした。