科学常識このぐらいは――目安作り、文科省乗り出す
日本の大人には最低これぐらいの科学常識が必要――文部科学省が、そんな「目安」作りに乗り出す。子供の理科離れが問題になっているが、同省は「大人も科学を勉強していない」と指摘、科学者や教育関係者が今後、数年かけて検討し、望ましい「基礎的素養」を示すことになりそうだ。
1999〜2001年にかけて、世界17か国の学術機関などが連携して、18歳以上を対象に、「ごく初期の人類は恐竜と同時代に生きていた」など科学分野の11問について正誤を尋ねた。日本の正答率は54%で13位。1位スウェーデンの73%、5位アメリカの63%などに比べ「常識の無さ」が目立っている。
この程度の問題でも正答率5割程度というから、科学教育が足りない大人が多いのだろう。
○×クイズならあてずっぽうでも正答率5割くらいは取れるだろうに(泣)
しかもこの11項目の質問がおもわず首を傾げてしまうような代物。
以下、11項目の質問。
【科学常識チェック、〇か×か】(国際比較の共通質問から)
〈1〉地球の中心部は非常に高温
〈2〉すべての放射能は人工的に作られた
〈3〉我々が呼吸に使う酸素は植物から作られた
〈4〉赤ちゃんが男の子になるか女の子になるかを決めるのは父親の遺伝子
〈5〉レーザーは音波を集中することで得られる
〈6〉電子の大きさは原子よりも小さい
〈7〉抗生物質はバクテリア同様ウイルスも殺す
〈8〉大陸は何万年もかけて移動しており、これからも移動するだろう
〈9〉現在の人類は、原始的な動物種から進化した
〈10〉ごく初期の人類は、恐竜と同時代に生きていた
〈11〉放射能に汚染された牛乳は沸騰させれば安全
この程度なら小中学生でも結構出来そうな気がする。
答えはこちら。
〈1〉○〈2〉×〈3〉○〈4〉○〈5〉×〈6〉○
〈7〉×〈8〉○〈9〉○〈10〉×〈11〉×
◆科学的じゃない質問項目
科学をきちんと学んだ人ならこの質問項目には少なからず疑問を持つだろう。
これが小学生に対する質問なら、私も「まあいいか」と思う。
しかし一応は義務教育を修了しているはずの大人に対してこの質問項目はつらい。
例えば2番や11番の「放射能」という言葉の使い方。
「放射能」とは「放射性物質の放射線を放つ能力」を指す言葉である。
決して具体的な物質を指す言葉ではないため、ここで使われるべき言葉は「放射性物質」である。
まあ現状ではおかしな使い方をされている例がほとんどなのだが。
放射能はあくまである放射性物質が放射線を出す能力を指す言葉であり、具体的な物質を指す言葉ではない。喩えて言うなら、電球を放射性物質、電球から出る光を放射線としたとき、放射能に当るのは電球が光を発する能力のことである。(放射能 - Wikipedia)
3番はただの日本語の問題だが「植物」「から」ではなく「によって」が望ましい。
英語の「made with」と「made by」の違いと言ってもよかろう。
後者なら「植物が(酸素を)作った」という意味になるが、前者だと「(酸素が)植物を原料に作られた」という意味になる。
訳がおかしいんじゃないかと思われる。
4番もまた訳がおかしいんじゃないかと思われる例だ。
おかしいのは「〜を決めるのは父親の遺伝子」という部分。
これではまるで精子中にX染色体Y染色体のどちらが含まれるかに関係なく
父親の遺伝子次第で子供の性別が決まってしまうように読める。
(男性の体細胞にはXY共に存在するのでこの段階では決まらない)
ここも原文では「父親由来の遺伝子」だったのではないかと思われるのだ。
残りの設問にもこんな風におかしなところがいくつかある。
そしてこれら設問の疑問点から導き出される可能性は
これらの設問がおかしいのは訳者の科学知識が欠けていたためではないかという仮説だ。
私も少しは英文を訳したものを見てきたので、訳がおかしいためにおかしくなった文章はある程度見分けがつく。
そしてこの設問からはそういった迷文と同じ印象を受ける。
この調査は国際的な取り組みであるため、原文は英語で書かれているはず。
そして英語圏ならこんなおかしな設問はすぐに指摘を受けるはずだ。
ちょっと気になるので原文を探してみようと思う。
<補記>
文科省の資料1
科学技術基礎概念の理解度(共通11問の平均正答率)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu10/siryo/04122701/002/001.pdf
このPDF資料から少なくとも記事中の設問がここから取られたことが分かる。
文科省の資料2
http://wwwwp.mext.go.jp/hakusyo/book/hpbb200301/hpbb200301_2_018.html
このページから大元の調査が判明
大元の調査
http://www.nistep.go.jp/achiev/abs/jpn/rep072j/rep072aj.html
設問は全部で15ある。
植物から酸素云々はこちらではまとも
>我々が呼吸に使う酸素は植物が作ったものである
何でおかしな文に変質したのだろう?
というかこちらの設問と記事の設問ではいくつか文章が変わっているんだが。
伝言ゲームはかんべんな。
表1.科学技術基礎的概念理解度のクラスター分析による分類
* は15ヶ国地域国際比較に使用された10問 (グループ1) 正答率70%以上
光と音はどちらが早いか (光)
放射能に汚染された牛乳は沸騰させれば安全だ (誤)
喫煙は肺がんをもたらす (正)
大陸は何万年もかけて移動し続けている (正) *
現在の人類は原始的動物種から進化したものだ (正) *
地球の中心部は非常に高温である (正) *
(グループ2) 正答率50%以上70%未満
我々が呼吸に使う酸素は植物が作ったものである (正) *
宇宙は巨大な爆発によって始まった (正)
地球の公転及び公転周期 (地球公転1年)
すべての放射能は人工的に作られたものである (誤) *
(グループ3) 誤答率35%以上
ごく初期の人類は恐竜と同時代に生きていた (誤) *
男か女になるかを決めるのは父親の遺伝子である (正) *
抗生物質はバクテリア同様ウイルスも殺す (誤) *
(グループ4) 「わからない」回答率45%以上
電子の大きさは原子の大きさよりも小さい (正) *
レーザーは音波を集中することで得られる (誤) *
この記事ではEU、アメリカとの共通10問を使った正答率調査。
日本の正答率は51%と限りなくコイントスに近い(泣)
ちゅーかギリシャやポルトガルは二択クイズでよく正答率5割を割ったもんだ。
直接関係は無いがこの辺も面白い。
そのうち暇な時にでもネタにしよう。
http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/mat081j/pdf/mat081j.pdf
http://www.wakayama-u.ac.jp/~okyudo/sympo2005/watanabe.pdf
EUの調査
http://europa.eu.int/comm/research/press/2003/pdf/cc-report_en.pdf
こちらでは質問項目は13ある。(p23)
EU諸国とEU加盟準備国(CC)での比較らしい。
日本の調査との比較にはここから共通設問11を抜き出して使った模様。
放射能関連の設問は英語のものからして微妙な文だったことが分かる。
Radioactive milk can be made safe by boiling it.
All radioactivity is man-made.
これを忠実に訳せば確かに上の文になるな。
「父親の遺伝子」も同様。
It is the father’s genes that decide whether the baby is a boy or a
girl.
というわけで元の調査設問からよろしくなかったという結論に到りました。
欲を言えばおかしなところは翻訳時に修正して欲しかったが。
<追記>
この記事の続きになるエントリを書きました。
是非合わせて読んで下さい。
科学知識とメディアリテラシー













Y染色体のSRY(Sex-determining Region on Y chromosome)遺伝子ですね。
確かに男性の形質を発現させるのはSRY遺伝子です。
性染色体がXYでもSRYが存在しないと女性の形質が発現したり、
逆にXXでもSRYが存在すると男性の形質が現れたりするようですね。
ご指摘ありがとうございます。
いわれてみると、設問自体が子供だましですね(笑)
なんか、キリスト教徒の踏絵のような設問もある気がしますし・・・。
常識って科学の発展には不必要だと思ったりします。
もしかしたら、電子が原子の大きさまで肥大してしまう現象があって、まだ人間が発見できてないかもしれないし(←妄想)
ひょっとしたら、地球の中心に一点だけ絶対零度があって、それが伝わると氷河期になるっていう仮説もありえるだろうし(←幻想)
もしかしたら、地球に穴を掘っていって高熱を抜け出したら、ポッカリ空洞で鬼とか閻魔っさまがいるかもしれないし(←ギャグ)
地層的に恐竜の時代なんだけど、そこにヒトの足跡があったって噂もありますし。
長々と、バカな話、失礼しました。
>いわれてみると、設問自体が子供だましですね(笑)
仰るとおり(笑)
まあ科学の基礎といえば基礎なんですが。
>キリスト教徒の踏絵のような設問もある気
一部正答率が5割を割っている国が存在するのは、キリスト教の影響もありそうですね。
>うにょさん
匿名さんの指摘は確かに調査の主旨にはあまり関わってきません。
しかし単純に性染色体の違いだけを考えて記事を書いていた私に
性決定遺伝子SRYのことを思い出させてくれたありがたい指摘でした。
に対して
「酸素は恒星の中で核融合によって創られる」
と思った。
数秒後にチョット遡りすぎかな〜と思い直した(笑
酸素「原子」なら確かにその通りですね(笑)
私は調査の背景からそこまで訊かれるはずが無いと踏んでその選択肢は消しました。
返し打たせてもらいました。
たしかに、このチェックに好成績を収めて、
「オレ科学的」と満足すること自体、
科学的常識から離れてる気はしますね。。。。
どちらかというと科学っぽい一般常識?
> 佐倉河さん、黒影さん
正しい科学用語の用法の話題なので、ちょっと一言。
と言っても、僕も正確なところはよくわからないのですが、星の中で酸素を合成する反応は主に(p,gamma)や(alpha,gamma)反応ですが、一般的にはそれをそれを核融合というのかは微妙です。単に核反応としておくほうが無難かと。
あと、
> 酸素「原子」なら確かにその通りですね(笑)
も、上記の核反応で生成されるのは酸素「原子核」です。この設問で使われている「我々が呼吸に使う酸素」という表記では分子状態の酸素(O2)を指すため、設問から原子核の話を持ち出すのは誤りだと思います。
とくに設問に原子と電子の大きさを問う問題があることから、文科省としては分子・原子の問題(つまり化学反応)と、原子核の問題(原子核反応)の区別(せめて大きさのスケールの違いに対する認識ぐらい)はしっかりとつけることを求めているような気がします。
重箱の隅をつつくようなコメント失礼します。
CNOサイクルの陽子を取り込む反応やC原子核にHe原子核が融合する反応も核融合反応だと考えていたのですが違ったでしょうか?
一般的にはこれは核融合反応と呼ばれるものだと思うのですが。
>上記の核反応で生成されるのは酸素「原子核」です。
恒星中心部では原子がプラズマ化して原子核と電子がばらばらな状態なので、確かに正確には「原子核」ですね。
「我々が呼吸に使う酸素」という設問の表記で問題が分子状酸素に限られるというのもおっしゃるとおりです。
コメントありがとうございました。
くろんさんの書く(a,b)という表記は核反応の様式を表しています。
"a"が核反応で取り込まれる粒子、"b"が排出される粒子をそれぞれ表しており
"a"に入るp,alphaはそれぞれ水素原子核(プロトン)、ヘリウム原子核を意味しています。(ヘリウム原子核はアルファと呼ばれる)
一方"b"に入るgammaはガンマ線(高エネルギーの電磁波)を表しています。
(p,gamma)反応はプロトンを取り込みガンマ線を放出する反応。
(alpha,gamma)反応はヘリウム原子核を取り込んでガンマ線を放出する反応になります。
恒星内では通常ppチェイン反応という水素原子核同士が核融合を起こしてヘリウムを生成する反応が起きています。
http://csep10.phys.utk.edu/astr162/lect/energy/ppchain.html
さらに恒星内に炭素、窒素、酸素などの原子が少量存在する場合、
CNOサイクル反応という触媒的な反応が起こりヘリウムの生成が促進されます。
http://csep10.phys.utk.edu/astr162/lect/energy/cno.html
(p,gamma)反応による酸素原子核の生成はCNOサイクルで起こりますが割合としては大したことがありません。
(なにせ連鎖反応でまた炭素に戻ってしまいますので)
水素燃焼が進んでいくと恒星内にヘリウムがたまり中心部にコアを形成します。
恒星の質量が十分に大きい場合、いずれは赤色巨星化を起こし、
コアの温度が1億℃を超えてトリプルアルファ反応と呼ばれるヘリウム原子核同士の核融合が始まります。
ヘリウム原子核2つの反応でできるベリリウム(Be)は不安定でありすぐにまた分裂してしまいますが
Beにさらにヘリウム原子核が融合して炭素(C)になると安定して存在し続けます。
さらにCにヘリウム原子核が融合して酸素原子核が作られ、赤色巨星のコアには炭素や酸素を中心に鉄までのさらに重い元素が作られていきます。
http://csep10.phys.utk.edu/astr162/lect/energy/triplealph.html
(alpha,gamma)反応で作られる酸素原子核がこちらになります。
恒星内部で作られる酸素の大半はこうしてヘリウムの核融合によって作られます。
余談ですが鉄より重い元素は通常の恒星内の核融合反応では生成されません。
なぜなら鉄は全元素中もっとも安定な元素だからです。
鉄より重い元素は超新星の爆発時にそのエネルギーを利用して一気に生成されるとのことです。
僕の間違いでした。今日図書館行ってちゃんと物理学辞典で調べてみましたが、むしろ一般的には星の中での核反応のことを「核融合反応」と呼ぶらしいです。でも、知り合いの天体核物理関係の研究者さんに聞いてみたところ、専門家の中では比較的重い原子核と陽子との融合反応のことは「陽子捕獲反応」とよんで、(人工的な)重イオン同士の核融合反応と区別する傾向があるそうです。
重ね重ねのご指摘ありがとうございます。
いえいえ(笑)
私の物理の知識は学部どまりなので、久々に知識を確認しなおすいい機会になりました。
>知り合いの天体核物理関係の研究者さんに聞いてみたところ、専門家の中では比較的重い原子核と陽子との融合反応のことは「陽子捕獲反応」とよんで、(人工的な)重イオン同士の核融合反応と区別する傾向があるそうです。
「陽子捕獲反応」ですか。初めて聞きましたが反応のイメージとしては分かりやすいですね。
(もしかすると習ったのに忘れているのかも知れませんが(汗))
「比較的重い」はどの程度の重さからかご存知ですか?
CNOあたりが含まれるのかどうかだけちょっと気になりました。
一応言葉の定義としては、「重イオン」と呼ばれるものは「H,D,He以外の、Liより重い元素のイオンのこと」(物理学辞典、倍風館)となっていますが、また、「16Oぐらいまでは軽イオンと表現することもある」(同)となっています。どこからが「重い原子核」とするかは、専門家の中でも興味とする原子核によってあいまいだそうです。
ちなみに、今世の中で一番重い原子核同士の核融合反応を実験的に行っているのは、ジャポニウム(?)を作った理研のグループだと思います。
http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2004/040928_2/index.html
彼らにしてみれば、CNOあたりの原子核は全部軽イオンになってしまうのかもしれません。
ははあ、CNO辺りはちょうどグレーゾーンなのですね。
どうもありがとうございます。
英語の原文についてですが、
Radioactive milk can be made safe by boiling it.
All radioactivity is man-made.
については用法として間違っていないと思います。radioactive milkは直訳しても放射能のある牛乳、なのでわざわざradioactively contaminated等の表現をする必要はないでしょう。radioactivityも放射能というよりは放射性反応という意味で使われているのだと思われます。(私は帰国子女なのですが、一応英語の感覚的にも問題はないと付け加えておきます。)
よって、誤訳の線が濃厚なのですが、英和のついでに引いてみた広辞苑で放射能について「現象または性質」となっていたのが少々気になります。誤用の温床となりかねませんね。
大変丁寧で充実したTBの連続に感動しています。
2ちゃんねるの多くの板を筆頭に、自分の意見と合わないレスに対して読みたくないような罵詈雑言の応酬になっているサイトがあります。
9月に、そのようサイトをたくさん見なければならない事情があって、かなりげんなりしていました。
心が洗われて、物理知識も増えました。
感謝いたします。m(_ _)m