今回触れる部分はこちら。
・ネット右翼的な思考回路は限界〜若隠居さんへのお答え
若隠居氏によるブログ時評のネット右翼論への疑問に対する返答となっているが、
中身はなぜか途中でネット上の情報のアクセシビリティ(到達容易度)の話にすりかわっている。
後半部は次のエントリに続いているのでその3に回し、今回は前半部のおかしなところに言及しようと思う。
「ネット右翼的な思考回路は限界〜若隠居さんへのお答え」で団藤氏はこのように言っている。
日本という共同体の一員として、他の共同体と向き合い、日本国家を意識する場面で生まれている思考の回路では、現在の日本社会が直面している本当の課題には到達し得ないのです。右翼的言辞について「素直な心でやっていることを、そのままに受け止め」「建設的な議論をする」のが、財政構造改革、教育問題、年金問題などを考える糸口になるのですか。
ありていに言うと、"そのまま"では繋がらんね。
なぜなら「共同体意識」のみで議論に加われる問題と違い、
「財政構造改革、教育問題、年金問題」などは相応の知識がないと深い議論は出来ないからだ。
それに思考の方向性が違う。外向きの思考で内の問題を意識することは無いだろう。
しかし人は外向き、内向きのどちらかの思考でしか物を考えないものだろうか。
普通の人間は両方の思考を持っているものだと思うが。
「外だけじゃなくて内も考えろよ」というならともかく
「外を考える奴には内の事は考えられない」と言わんばかりの指摘は外れていると思う。
「もっと内の事も考えろよ!」という主旨は理解できるし共感もできるのだが、
その問題提起の仕方ではそもそも誰も相手にしてくれないだろう。
この主旨にまともにレスしているのが若隠居の徒然日記だけというのが何とも寒い。
率直に言うと、今の団藤氏は居酒屋でくだを巻いている親父と大差ない。
飲んで騒いでいる若者達の横でブチブチと愚痴をこぼしているような、
そして愚痴の中身が支離滅裂だったものだから、それを聞きつけた周囲にからかわれ囃し立てられているような。
現状を客観的に見るとそういう状態に見える。
より大事な問題がなおざりになっていて不満だと言うなら、自ら旗を振って議論を盛り上げればよかろう。
何も酒場の愚痴をネットにたれ流すことは無い。
ブログを通じて議論に必要な知識を提供し、その場に足りない視点を描いてみせる。
それこそ「世論を動かす記事」というものだ。
ジャーナリストを名乗るならそのくらいやって見せてはどうかと思うがいかがだろうか?
◆関連エントリ
ここが変だよブログ時評(1)
ここが変だよブログ時評(3)
ttp://sinrigakukenkyu.ameblo.jp/?bid=sinrigakukenkyu
こんな人もいるのですか。
せっかく教えていただいたのですが、私の守備範囲からは大きく外れているのであんまり興味ないです。
すみません。