計画の正式発足は1990年、解読開始は1991年だった。
そしてヒトゲノム解読完了が2003年で正式発表が2004年10月だから、
足掛け14年の長いプロジェクトだった事になる。
日米英独仏中6カ国から数万人の科学者が参加した、過去に例を見ない大規模プロジェクトである。
当初は100年がかりになると言われていたことを考えると、これでも随分と短く済んだほうなのだ。
ゲノム解析は年を追うごとに加速度的に進んでいき、実質的には大部分を最後の数年で解読した。
この大幅な期間短縮に貢献したのが自動塩基配列解読装置、DNAシーケンサーの急速な発達と、当時非常に高価だったシーケンサーを大量に用意し、物量作戦でゲノム解析を進めるビジネスモデルを確立したセレラ社に代表されるゲノムベンチャーだ。
1998年にヒトゲノム解読参入を表明したセレラ社は、ゲノムプロジェクトのそれまでのリードをいとも簡単にひっくり返した。この有力な競争相手が現れることが無ければ、ヒトゲノム解析はまだ終わっていなかったかもしれない。
圧倒的な情報力は大きなアドバンテージに、そして金になる。そう気付いた者達はこぞってセレラ社に続き、そしてシーケンサーの開発競争も加速した。
現在主流となっているDNAシーケンサーはキャピラリーシーケンサーと呼ばれるタイプのもので、一回のランで並列化されたキャピラリー一本あたり1000bp程度の情報を得る事が出来る。
ハイエンドのABI3730辺りだと96サンプル同時解析が可能で、1ランに2時間強ほどかかるから、24時間フル稼働させれば一日に100万bpくらいの配列解析が可能だ。
さらに金に糸目を付けず100台もシーケンサーを揃えれば、一月あればどうにかこうにかヒトゲノム解読が成ってしまうというのが現在の状況なのだ。
たった100bpを読むのにも一日がかりだった10数年前を考えると、とてつもない進歩である。
(本当はサンプルの調整がすごく面倒で時間もかかるし、解読作業に入っても信頼性確保の為に同じ領域を何度も読むので数カ月〜1年はかかる。だからこれはあくまで完全なサンプルがあってシーケンスだけをすればいいと仮定した上での話)
さらに最近では1ランで数百万bpのDNA配列を一度に解析できる超並列シーケンサーも開発されており、配列解析の速度向上とコスト低下はとどまるところを知らない。
(これは細菌ゲノム程度なら一発で完全解読できるレベル。おそらく後5年もしたら新種細菌報告の際にはゲノムシーケンスの解読が必要とされる時代になるだろう。元細菌研究者としてうれしいような恐いような。この細菌は遺伝子がどーたらこーたらという議論が当たり前のように求められる時代になり、研究者の扱わなければならない情報量は加速度的に増えていくだろう。だからこそBioInformaticsが重要になるんだけどね。)
関連記事:超速ゲノムシークエンサー
さて、ここ20年で長足の進歩を遂げ、現在も日進月歩の勢いで発展つつあるDNAシーケンサーだが、ゲノム時代が展開するにはまだまだその性能の桁が足りないのである。解析量と時間は並列化でどうにかなるものの、現状ではたった1000bpを読むのですら原価数百円、人件費や設備償却費などを考えると数千円は取らないと商業ベースには乗らない。
集約と自動化でそれなりにコストを下げる事は出来るものの、ヒト一人のゲノム(30億bp)を完全解読する事がどれだけコストのかかることなのかお分かりいただけるものと思う。
(現状だと一人あたま数十億〜百億という計算になるか)
しかし「非現実的なコストが必要なのでゲノム解析は無理です」のままでは困るのだ。
(SNPsだけでも数十万、疾病関連に限定しても数千は下らないだろうし後三桁はコストを下げないとね)
個々人の遺伝情報に合わせて最適な治療法を選択するテーラーメイド医療をはじめとして、ゲノム情報を安価に入手出来るようになって初めて可能となる技術やサービスがたくさんあり、それらが利用可能になって初めて真の意味でゲノム時代が来るからだ。目標はずばり「100人分のゲノムを10日で解析可能なシーケンサー」である。
アメリカのX Prize Foundationは先日「100人分のゲノムを10日で解析可能なシーケンサー」の開発に1000万ドルの賞金を懸けた。
Group offers 10 million for fast sequencing of human genome - Yahoo! News
もちろんこれは今日明日に達成可能な目標ではない。
これまでの技術の発展速度を考えても、最短でも5〜10年は必要だろう。
しかし、恐らく10年後には誰もがそれなりの値段で自分のゲノム情報を手にする事が可能な時代がやってくる。
ゲノム情報が研究者だけのものではなく、一般人にとっても大きな意味を持つ時代になるのだ。
無論ゲノム情報を手に入れるだけでは意味がない。そこから有意義な情報を引き出せねばならない。
そしてそこにはバイオインフォマティクスの介在の余地がある。
例えば一般人向けに自分のゲノム情報を、そしてそこから得られる情報を分かりやすく解説するソフト。
他にもいくらでもあるが、これまで専ら研究者や医療系の企業という小さなマーケットを相手にしてきた我々にとっては、大きなビジネスチャンスがそこにあるわけだ。
この分野にいればこのくらいはすぐに分かる話で、やる気のある連中は既に虎視眈々と扉が開く瞬間をうかがっている。
無論私も参戦予定なのであまり手の内を晒す事はしないが、ゲノム時代の次のブレークスルーはバイオ業界にとって大きな意味を持つものになると思う。
◆関連記事
・幻影随想: BioInformaticsの今後の方向性の一つとして
<6/23追記>そうそう、こういうのが今後どんどん出てくる事になるんだよ。
◆関連リンク
・Jabionコラム・ヒトゲノム解読
・NEJM -- Welcome to the Genomic Era