いまだに環境ホルモン関連の誤った情報が大量に流れているのでちょっと書いてみようと思う。
環境ホルモン問題は依然として環境問題ではあるものの、もはやヒトの健康問題とはなりえない。
というかまともな研究としてはほぼ終了していると言っていい。
と言ったらこのブログを見てくれている方は賛同してくれるだろうか?
◆環境ホルモンとは?
環境ホルモンには様々な定義があるが、一般的な定義は「生体の恒常性、生殖、発生あるいは行動に関与する種々の生体内ホルモンの合成、貯蔵、分泌、体内輸送、結合、そしてそのホルモン作用そのものなどの諸過程を阻害する性質を持つ外来性の物質」のことで、正しくは内分泌攪乱化学物質という。
簡単に言うと生体内で働くホルモンと同種の働き、あるいはホルモンを阻害する働きを持つ環境由来の化学物質のことを言い、人の手によって化学合成されたものだけを指すのが一般的なようだ。
◆環境ホルモンの危険性
環境ホルモンを巡っては実に様々な危険性が叫ばれてきた。
1.ホルモン様物質による様々な水棲生物のメス化、奇形化の疑い
2.従来考えられていたよりもはるかに低濃度で影響が出る疑いが持ち上がったこと
3.ヒトの胎児異常、生殖異常への関連が疑われたこと
などなど、他にもあるが大きなところではこの辺りか。
90年代末には各疑惑の真贋を確かめることなどそっちのけで、市民運動とマスコミの魔のコラボレーションによって問題提起が繰り返され、瞬く間に環境問題としてしっかり認知されてしまった。
ヒトへの悪影響をセンセーショナルに取り上げる報道に不安を覚えた人も多いだろう。
社会問題化したためか環境庁も動き、98年には環境ホルモン戦略計画SPEED'98なるプロジェクトを立ち上げ、65の化学物質を環境ホルモンの疑いがある物質として指定して調査を開始した。
未だに多くのサイトでこのことを大きく取り上げているほどだが、
プロジェクトの結果についてはほとんど知られていない。
SPEED'98の成果は以下のリンクで報告されている。
内分泌攪乱作用に関する有害性評価結果(人健康影響、生態系影響)について
この結果を見ると、65の疑惑物質のうちで低濃度での人体への影響が認められているものは一つもない。
○ 今回得られた試験結果からは、いずれの物質についても、低用量(文献情報等により得られた人推定暴露量を考慮した比較的低濃度)での明らかな内分泌攪乱作用は認められなかった。
ただし、一部の物質については、現時点において内分泌攪乱作用との関連は明らかではないものの、mRNA発現量や血中ホルモン濃度等につき有意差のある変化が認められており、今後の知見集積の中で注視する必要がある。
○ なお、全ての物質について、高用量(既報告で影響が認められた濃度)では、一般毒性と考えられる影響が認められた。今後、一般毒性を含む環境リスク評価を行う際には、この知見を活用する。
どんな物質でも濃度次第では毒になることは以前毒性学の話で取り上げた通りで、特に注視するほどの事でもない。
今後は単に通常の化学物質と同様に毒性試験が行なわれるだけの話である。
しかしマスコミがこの報告に対して出したのは、魚類への影響を調べた以下の結果のみを取り上げて“「4−オクチルフェノール」環境ホルモンと確認”のような見出しの報道だった。
まあ確かに嘘は吐いちゃいないが、この報告の要点はそこじゃないだろう。
65種類の疑惑物質のどれも人への内分泌攪乱作用が確認できなかったという結果こそメインに持って来るべきだろうに。
こういう意図的なミスリードがあるからマスコミは信用できない。
○ このうち、4-オクチルフェノールについては、[1]魚類の女性ホルモン受容体との結合性が強く、[2]肝臓中ビテロジェニン(卵黄タンパク前駆体)濃度の上昇、[3]精巣卵の出現、[4]産卵数・受精率の低下が認められ、魚類に対して内分泌攪乱作用を有することが確認された。
なお、疑惑の物質のリストは中西準子氏が分かりやすくまとめている。
雑感184 -2002.7.8「SPEED'98、事実上自己崩壊か?」
◆環境ホルモンに関して現在確定していること(1)
上であげた環境ホルモンの3つの疑惑に関して、現在分かっていることをまとめておこう。
まず環境ホルモン疑惑が取り上げられるそもそものきっかけになった水棲生物の生殖異常だが、
環境中のホルモン様物質によってそれが引き起こされていることは事実だ。
しかし原因物質が人の合成した化学物質かというと必ずしもそうではない。
さらに人への影響となると、ほとんど無視してもいい程度である。
例えばトリブチルスズは1ng/Lという極めて低い水中濃度でも生物濃縮を起こして貝類のインポテンツを引き起こすが、人(哺乳類)への内分泌攪乱作用は確認されなかった。
しかし魚介類への内分泌攪乱作用によりトリブチルスズは現在使用規制がかかっている。
魚類でのオスのメス化は間違いなく起こっており、それが環境中のホルモン様物質によって引き起こされているのはほぼ間違いないが、それが化学合成物によるものかというとそうではないという事が分かっている。
例えば多摩川の鯉がメス化していることをご存知だろうか?
環境団体が環境ホルモン問題としてよく取り上げる例なのだが、この主原因物質となっているのはなんとヒトの尿由来の天然の女性ホルモンだ。
人由来の女性ホルモンが下水処理場の活性汚泥でも1/4程分解されずに残り、魚の性に異常を与えるほどの濃度で処理水中に残存していることが確認されている。多摩川では河川水の大部分がこうした下水処理水だと言うことをご存知だろうか?
養殖のタイなどでもメス化が指摘されているが、天然物でのメス化が見られないためこれも飼料の大豆成分由来の女性ホルモン(エストロゲン)が疑われている。
わざわざ人が合成したものを疑わなくても、自然界には天然のホルモンがいくらでもある。
環境問題として環境ホルモン問題を見るならば、天然成分もまた視野に入れなくてはならない。
環境ホルモンが現在考えられているよりも低濃度でも作用すると主張する環境団体が存在する。
実際そういう結果を示す論文が出たこともあるが、その結果を検証した追試が全て否定的な結果を出し
論文を出した者自身が間違いを認めたといういきさつがあるのだが、
どうやらこうした団体はその経緯を知らないか、あるいは意図的に目を背けているようだ。
環境ホルモンとされている物質が哺乳類へ影響を与えていないことは環境庁の報告が示すとおりだ。
最初に環境ホルモン問題は環境問題ではあってもヒトの健康問題にはなりえないと言った意味をご理解いただけたろうか?
環境問題としては、環境ホルモン問題は依然として対処を必要とする問題だ。
しかし何をどうすればいいかはこれまでの研究で既に分かっており、あとは行政側で十分な対処をするだけだ。
多くの環境団体が主張するような、人の健康に影響を与えるような問題ではないのである。
怪しげな主張をしている環境団体は結構多いので、言っている事が本当に正しいかどうか注意が必要だ。
◆環境ホルモン騒ぎで得をしたヒト、損をしたヒト
多くの環境問題がそうであるように、環境ホルモン問題にも裏の顔がある。
問題を煽り、人の不安を煽ってそこから利益を得る人間がいると言うことだ。
さて、一連の環境ホルモン騒動で得をしたヒトは一体誰だろう?
環境団体がマスコミの注目や世間からの寄付金などいろんな利益に預かったのは間違いない。
マスコミもまたセンセーショナルなニュースネタに困らず喜んだクチだ。
残念な話だが、環境ホルモン関連の研究者の多くもまた受益者である。
一部の研究者がマスコミを通して消費者の不安をいたずらに煽り
売名活動と研究費獲得にいそしんでいたことは否定できない。
(この辺りの構図は環境問題に関わるいたる所に見え隠れする)
意外かもしれないが、一部企業もまた受益者だ。
環境ホルモン報道でイメージが悪化しダメージを受けたように見えるが
この問題は産業活動に影響を与えるような運動にはいたらなかったし、
環境ホルモン様物質の代替物質というのは大抵元の物質よりも高価なのだ。
それに汚染のあるところには浄化ビジネスが生まれる。
産業界全体ではプラスの方が大きいのではないだろうか。
それでは損をさせられたのは一体誰か?
問題に振り回され、コストを負担し、不安に苛まれたのは?
あえて指摘するまでもない事だと思うので書かないことにする。
◆関連記事
・環境ホルモン問題―哺乳類への影響無し
・環境ホルモン濫訴事件
・環境ホルモン濫訴事件 経過観察
◆関連書籍
環境ホルモン―人心を「撹乱」した物質
環境リスク学―不安の海の羅針盤
◆関連リンク
1.●西川洋三 「環境ホルモン」 論文集
2.環境ホルモン終焉 市民のための環境学ガイド
ダイオキシンについては仰るとおりだと思います。
有機物が燃えたらほぼ間違いなく発生するのに一部の商品だけ規制しても何の解決にもならないし、何よりその毒性はかつて騒がれたほどではないと明らかになりましたからね。
こういうマッチポンプに協力する科学者崩れには正直腹が立ちます。
メディアリテラシーは科学の分野でも大切ですね。