鍼治療が感染症を広げる - テレグラフ(Acupuncture 'spreading disease' - Telegraph)
以前取り上げた血液サラサラ詐欺によるB型肝炎感染の話と同根の問題である。
幻影随想: 血液サラサラ詐欺の被害者にウイルス性肝炎感染の恐れあり
今日は多少余裕があるので軽く取り上げておこうと思う。
久々に翻訳記事を起こしてみる。
鍼治療が感染症を広げる - テレグラフ
Acupuncture 'spreading disease' - Telegraph
鍼治療は広い範囲の病気に適用されている有名な代替医療である。
しかし専門家は鍼治療によって感染症が広まる恐れについて警告している。
鍼治療の患者は、この治療法によってB型肝炎を含む様々な病気に感染している。
そしてこの治療法は、潜在的にはHIVのようなウイルスすら広げているだろうと彼らは警告する。
香港大学の専門家は、病気のまん延を抑制するために、鍼治療業界の一層の規制拡大と厳格な衛生基準の導入を求めている。
英国では毎年何万人もの患者が鍼治療を受けていると考えられている。
彼らの目的は片頭痛を和らげることから、禁煙の手助け、体外受精が成功する可能性を高めることまで様々だ。
パトリック・ウー教授と彼の共著者らは、英国医師会雑誌(British Medical Journal)にて、この中国の伝統的医療によって1970年以降、世界で80人以上の患者がB型肝炎に感染していると指摘した。
また、彼らはこの数字がおそらく氷山の一角であり、C型肝炎やHIVを含む他の感染症も同様に広がっているだろうと警告している。
この問題の一部は、鍼をアルコール溶液中に保存する中国の伝統に起因するものである。
アルコール消毒は一部のウイルスに対しては十分な防御力を発揮しない。
鍼治療は、体内の特定のポイントで鍼を操作することが、中国人が気と呼ぶ体のエネルギーの流れを促進するという理論に基づいている。鍼治療の最中には、針は皮膚の表面下数センチメートルまで挿入される。
全ての鍼治療家は使い捨ての鍼を使用すべきであると専門家は警告している。
鍼治療によって広がる最も一般的な感染症は、細菌感染症である。
大部分の患者が容易に回復する一方で、5〜10%の患者が深刻な症状(関節破壊、多臓器不全、人食いバクテリアの感染、麻痺)を引き起こす可能性がある。
ウー教授はまた、細菌感染症は鍼からだけでなく、汚染された脱脂綿、綿棒やタオルなどからも広がる可能性があると警告している。
彼は次のように付け加えた。
「鍼治療による感染症の伝播を防ぐためには、使い捨て針の使用、皮膚消毒の手順、無菌操作法などの感染症対策を導入する必要があります。」
「厳格な規制と、認定制度が必要です。」
イギリス政府は現在、鍼治療のような代替医療に対して規制の適用を検討しており、この問題についての公共の議論の対応を検討中である。
最近状況が改善されつつあるのだが、イギリスの代替医療は長年実質的に野放し状態が続いており、店を用意して看板を掲げれば誰でも治療者を名乗れてしまう状況にあった。
(その裏には英国の保健医療の崩壊があり、問題は根深いというか重層的な訳だが。)
そんな状態では当然のように健康被害もガンガン起きるわけで、このブログで過去に取り上げてきたエセ治療家達の起こした事件の中には、イギリス発の物が結構ある。
幻影随想: デトックスダイエットで脳障害→賠償金1800万の判決下る。
幻影随想: ホメオパシーがようやく英国から追放されそうな件について
幻影随想: YouTubeで学ぶ疑似科学Vol.2―Enemies of Reason―
幻影随想: 駆け出し研究者が科学のために立ち上がる方法のガイド
先日のホメオパシーの一件といい今回の件といい、こういうニュースが出るのは状況が改善してきている証ではあるのだが、その代償として犠牲者の数が積み上がるのを待つしかなかったというのがな…
なお、日本の鍼治療人口はイギリスよりもはるかに多い。
最近国内の鍼灸院はディスポの鍼や患者専用の鍼を用意して使うところが増えているようだが、そうなったのが比較的近年であることと、肝炎ウイルスがアルコール消毒や中途半端な煮沸消毒では死滅しないウイルスであることを考え併せると、日本にも確実に同様の感染者はいるだろうなあ。
一応国内では鍼治療による感染症の危険についてもそれなりに知られているようだが、これってつまり実際に被害報告が多数あるということだよな。どこかにまとまったデータは無いものだろうか。
鍼治療で使い捨てではない鍼 - 教えて!goo
鍼治療による感染症について(1/1) | OKWave
とりあえず後で読むために論文のリンクを貼っておくとしよう。
Acupuncture transmitted infections -- Woo et al. 340: c1268 -- BMJ
<追記>
良い論文を見つけたので追記。
どこの鍼灸院だか知らないが、少なくとも2000年ごろにはまだ「エイズやB型肝炎ウイルスは鍼の鍼体には付着しない。なぜなら鍼の鍼体は細くて滑らかなのでウイルスが付着することは絶対に不可能だ。よって感染も絶対にない。」というデタラメを主張する鍼灸医が存在したようだ。
感染症の正しい知識を持たない鍼灸医が存在する事態を重く見た鍼灸医によって、鍼治療の鍼に肝炎ウイルスが付着するという実証論文が全日本鍼灸学会雑誌に出されているので紹介しておこうと思う。
全日本鍼灸学会雑誌.2002年,第52巻2号,137-140 B型肝炎ウイルスは抜鍼後の鍼体に付着する
全日本鍼灸学会雑誌,2004年第54巻1号,87-96 C型肝炎ウイルスの鍼体への付着性及び綿花のウイルス除去効果について
鍼治療が原因と考えられるウイルス感染についてはこちらの一連の報告が良くまとまっていた。
これも全日本鍼灸学会雑誌に掲載されたものであり、主に国内の鍼治療によって起こった有害事象についての総括である。
実践者による報告を元にした、非常に信頼性の高い価値ある資料だと思う。
鍼灸の安全性に関する和文献調査 全日本鍼灸学会研究部安全性委員会の活動の経緯について
鍼灸の安全性に関する和文献(1)― 総 論―
鍼灸の安全性に関する和文献(2)―神経傷害に関する報告―
鍼灸の安全性に関する和文献(3)―鍼治療による気胸に関する文献―
鍼灸の安全性に関する和文献(4)― 灸に関する有害事象―
鍼灸の安全性に関する和文献(5)―折鍼・埋没鍼―
鍼灸の安全性に関する和文献(6)―鍼治療による感染に関する報告について―
鍼灸の安全性に関する和文献(7)―安全性に関する基礎研究について―
鍼灸の安全性に関する和文献(8)―水銀塗布・内蔵直刺―
鍼灸の安全性に関する和文献(9)―皮膚科領域における鍼の有害事象―
感染症については(6)で詳しく取り上げている。
ウイルス感染ではB型、C型肝炎の感染事例が国内でも報告があり、海外ではHIV感染の事例が実際に報告されているようだ。
大部分の事例が1980〜90年代の物で、B型肝炎は1975年〜1989年、C型肝炎は1987年〜1993年と報告年代に差があった。
この差が何に起因するものなのかは不明。
なお、90年代後半以降は現場の意識改善が進んだのか、被害報告は2002年にC型肝炎感染の報告が一例あるだけのようだ。
2002年以降の事例についてのまとめはまだ無い模様。
全日本鍼灸学会雑誌,2004年第54巻1号,55-64 国内で発生した鍼灸有害事象に関する文献情報の更新(1998〜2002年)および鍼治療における感染制御に関する議論
現在の鍼灸院で鍼治療が原因の肝炎感染が起こったらコメント欄でNATROMさんが指摘してくれたように、医療事故として大きく取り上げられることになるだろう。
ついでに。
一連の報告書を読んでいて一番驚いたのが、不適切な施術についてまとめた報告書(8)の、鍼の滑りをよくするためという理由で鍼に水銀を塗る事例や、内臓直刺(事故ではなく治療目的で内臓を刺す)の事例で肺直刺を行っていた事例が報告されていた部分だろうか。
いずれも1950〜70年代ごろの古い事例だが、そんなこともあったのかと。
あとは報告書(9)で鍼治療が原因の銀皮症についてまとめていたのが興味をひかれた。
鍼治療の針は銀製の物が多いから、こういう事例もあるのだな。
【疑似科学・ニセ科学・オカルト・トンデモの最新記事】
>イギリスの代替医療は長年実質的に野放し状態が続いており、店を用意して看板を掲げれば誰でも治療者を名乗れてしまう状況にあった。
日本では免許が必要なので、或る程度の衛生医療の知識は資格取得時に得ている筈と思いたいですが・・・?
確かに使い捨ての針を見るようになってから10年経っていませんね。
昔は針は煮沸等の消毒をしていると聞いた覚えがありますが、アルコールに漬けるだけではねぇ。
「すすんでダマされる人たち」という本に詳しいので、宜しければご一読を。
>その代償として犠牲者の数が積み上がるのを待つしかなかったというのがな…
最近の流れが野放し状態に終止符を打つ契機となるかもしれませんね。
しかるに、あの不条理な名誉毀損システム(原告側にかなり有利な制度)によって、英国の科学者やジャーナリストが未だ
代替医療に否定的なコメントを発し難い状況に置かれていることも事実です。
ガーディアンでサイモン・シン氏がカイロプラクティックを批判したことにより、英国カイロプラクティック協会から訴えられた事例
は記憶に新しいところです。
シン氏は裁判のために多くの時間を費やし、金銭的負担を強いられています。そしてつい先日、ガーディアンへの寄稿を終了
しなければならない事態に陥ってしまいました。
彼は、名誉毀損システムの改革(The libel reform campaign)を呼びかけており、このキャンペーンに10人の署名を集めた人には
次の著書で感謝の言葉を載せるとさえ言いました。
Simon Singh's weird idea that might just work : http://libelreform.org/news/432-simon-singhs-weird-idea-that-might-just-work
ちなみに、The libel reform campaignの最新情報はfacebookやtwitter上で追うことができます。
Libel Reform is on Facebook : http://www.facebook.com/pages/Libel-Reform/201101571559?v=wall#!/pages/Libel-Reform/201101571559?v=wall
#libelreformのリアルタイム結果(twitter) : http://twitter.com/search?q=%23libelreform
私は、このキャンペーンが奏功し、状況の改善に拍車がかかることを期待しております。
>大部分の事例が1980〜90年代の物で、B型肝炎は1975年〜1989年、C型肝炎は1987年〜1993年と報告年代に差があった。
>この差が何に起因するものなのかは不明。
HBVに関しては、1988年まで集団予防接種における注射針の使い回しが行われていた為、B型肝炎が蔓延していました。持続感染者
の母数が大きかった事によると予想されます。
HCVに関しては、C型肝炎ウイルスの高感度血液検査法が確立されたのが1989年頃だったようですので、技術的な要因でしょう。
ちなみに、高感度アッセイ化は漸次続いておりますので、スクリーニング時の見逃し率はここ20年で大幅に減少しているはずです。
彼らの記憶にキチンと残っていると良いのですが。
鍼灸用の針は注射針に比べれば付着する血液の量は相当少ないとは思うんですけどね。
私が通う学校では、ディスポーザブル鍼を使うことを推奨しています。そうでない鍼やシャーレを使うときは、オートクレーブで滅菌することが、必須です。
とはいえ、困った問題もあります。それは、鍼を刺す技術のひとつとして、「片手挿管」というのがあることです。片手挿管とは、人に刺した鍼を片手で抜き、それを片手の内でふたたび鍼管という筒の中にくるりと戻し、再使用するという技法です。
汚染の可能性から私はやりたくないのですが、授業では、このアクロバティックな動作が1分間に何回できるかが問われます。また鍼を抜く際には、鍼師の自己防衛のためにも、鍼をアルコール綿ではさんでおくように教わりましたが、これは我々の学年からのことで、先輩諸氏は素手で鍼に触れています。手指消毒するとはいえ、大丈夫なのかと、おおいに疑問です。
EBMとか感染とかには無頓着で、得体の知れない「気」や「波動」などを説く、あやしさ満載の教官もおりまして、旧態依然の未開な業界なのだなあと思います。中には「代替医療のトリック」に賛同してくださる教官もおられるのですが…。
日本と米カルフォルニア州両方の鍼灸免許をもっているものです。
こちらではB型肝炎は全ての医療機関の中で感染率が高いものなので、clean needle techniqueというコースを必ず受講し、その中でどのようにすれば感染が防げるか、どのようなテクニックが必要か勉強します(このコースはnational acupuncture licenseでも必ず受講します)。
日本の学校でもその辺は教わりましたが、こちらのほうが徹底しています。こちらでは患者の皮膚に触ってもいけません、鍼を抜くときは脱脂綿で直接鍼には触れないようにします。
アメリカ人は基本的にbaio hazzardに敏感な国民なので、日本の鍼灸事情よりはるかに感染防止が徹底されていますが(カルフォルニア州では使い捨て鍼以外は使用禁止です)、以前中国本土から来た先生のデモを見たとき、マイ鍼を地面に落としても拾って消毒せずにさす、明らかに使い回しをしてぶすぶす他の人に指しているのを見てものすごく不安になりました(一緒にいたアメリカ人はひきつっていましたが)。
全ての医療機関→全ての肝炎の中で医療機関でもっとも羅漢率が高い
です。