2009年06月01日

とうとう遺伝子導入を必要としないiPS細胞が作られた

今日iPS細胞の関連記事でこんなのを読んだ
iPS細胞:「がん化防止」ヒトでも 米国チーム、遺伝子なしで作成 - 毎日jp(毎日新聞)
 さまざまな細胞に分化するヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)を遺伝子やウイルスを使わず、たんぱく質だけで作ることに、米ハーバード大などのチームが成功した。マウスでは米独のチームが4月に初めて成功を報告しているが、ヒト細胞では世界初。遺伝子の影響などで起きる細胞のがん化を防ぎ、治療用に使える安全なiPS細胞の作成にまた一歩前進した。29日、米科学誌「セル・ステムセル」電子版で発表した。


このニュースを読んだときの私の感想は、
「もう出来たのか。予想はしていたが速いな」というものだった。
おさらいに、iPS細胞の研究史を軽く振り返ってみようか。

2006年8月10日、山中教授らのチームがマウスの皮膚細胞に遺伝子を組み込むことで万能細胞を作成することに成功、Cellに論文が載る。
2007年6月、山中教授らが4つの遺伝子を組み込むことでES細胞と同等の分化能を持つiPS細胞の製法を確立しNatureに論文が載った。
2007年11月21日、ヒトの細胞からiPS細胞を作り出すことに成功。Cellに掲載
2007年11月30日、ガン由来の遺伝子をのぞき3つの遺伝子からiPS細胞を作り出すことに成功。Nature Biotechnology掲載。
2007年12月11日、3つの遺伝子を組み込む方法でiPS細胞作成効率を4倍向上。
2008年6月29日、ドイツ、マックスプランク研究所のチームがマウスに二つの遺伝子を組み込みiPS細胞を作り出す方法を確立。
2009年2月、マックスプランクの研究チームが遺伝子一つでiPS細胞を作り出す方法を確立。
そして5月29日、ついに遺伝子の組み込み無しでiPS細胞を作り出す方法が確立されたわけだ。


iPS細胞という新たな幹細胞が確立されてから、わずか2年足らず。
知ってはいたが改めてバイオ分野の研究速度のすさまじさを目の当たりにした気分だ。
バイオの世界はマウスイヤー。


一点気になっているのが、研究の最前線が既に日本では無くなっているという点。
ここ一年ほど、欧米が膨大な予算と人員をつぎ込んで遺伝子の組み込み無しでのiPS細胞樹立に邁進している間に日本の研究者が出した研究成果を見ていると、今年に入ってもまだ3〜4遺伝子の組み込みによる株の樹立が多かった。
別にそれが悪いとか意味がないとか言う訳ではないんだが、実用化レースの上では欧米勢に比べ事実上1年分周回遅れになっちゃってるわけだ。
この辺は実際に研究している人たちが誰よりも理解しているだろうけど。
こんなコメントも出ているし。
asahi.com(朝日新聞社):山中教授「日本は1勝10敗」 iPS細胞研究で遅れ - サイエンス

こうなった原因を考えてみるに、まずあっちとこっちでは幹細胞研究に掛ける予算の桁がそもそも違う。
日本のiPS細胞研究予算の軽く数十倍を、州政府レベルでポンと出すのだから。
予算計上から研究者への配分に至る速度も違えば、予算の自由度も違う。
日本みたいに何とか100億円捻出するようなことをせずに、iPS細胞研究用に云十億ドルの補正予算がすぐ組まれる。


次に多額の予算を適切に割り振れる行政組織の存在。
向こうだとNIHみたいに金と権限と経験とノウハウを持ったでかい組織があるが、日本にはそれがない。
文科省や厚労省の中にどれだけPh.Dがいるかと考えたら仕方がないが。
つかポスドク余ってんだからそういう部分で活用すりゃいいのに。

研究支援体制も向こうの方が上だろう。
というか2008年度山中先生はどれだけ研究室に居られたんだろう?
あっちこっち講演やiPS細胞の研究ネットワーク作りで借り出され、メディアの取材に引っ張りまわされ、ろくに研究に打ち込めなかったのではと危惧しているのだが。

研究者の数も元々向こうのほうが多いのに加え、あちらの研究者は厳しい倫理基準で縛られ、足踏みを強いられていたというのも大きいと思う。
倫理面のハードルを越えるブレークスルーを今か今かと首を長くしていた向こうの連中が、iPS細胞の到来と共に鬱憤を晴らすかのように猛然とスタートを切った。
言葉を変えれば、あちらの研究者の多くに、そして幹細胞研究の進展を待ち望む社会の側にも、iPS細胞を受け入れる準備が万端整っていた。
だからこそたったの2年でこれだけ差が出たのだろう。


バイオは研究だけならいざ知らず、その実用化にはヒトモノカネという物量が決定的にものを言う。
多分あちらさんはこの勢いのまま臨床研究に突っ込んで行く。
臨床研究の成果が出始める数年後には、一体どれくらいの差が開いていることやら。
まあ実用化が早く進むならどこが先鞭をつけても別にいいんだけどね。
posted by 黒影 at 22:27 | Comment(3) | TrackBack(1) | バイオニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
  1. お久しぶりです。SesameのMASAです。

    >つかポスドク余ってんだからそういう部分で活用すりゃいいのに。
    →ホント同感です。ポスドク問題も民間頼みだけじゃなく、この辺に仕組みが作れるといいですよね。

    「ポスドク雇うと500万円あげる」とか悲しくなります。
  2. Posted by MASA at 2009年06月05日 12:53
  3. 敗戦の過程もこのような感じだったと推察できます。













  4. Posted by 通りすがり at 2009年06月13日 20:24
  5. これ間違いなく米国に特許を洗いざらい根こそぎ
    奪われる事確実じゃないか・・・。山中氏のは4遺伝子使う方法、アメのは使わない方法、このまま突き進んだら間違いなく、莫大な特許料をアメリカに支払わなきゃならなくなるね・・・。あぁ・・・夢の技術も結局金持ち連中の玩具に落ちぶれるのか・・・。
  6. Posted by 庵珍 at 2010年01月25日 14:39
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Weblog: バイオ やばいぉ・・・
Tracked: 2009-06-02 00:52