New Biological "Machines" Fight Disease, Produce Power
残念ながら国内のメディアはまるで取り上げる気配がないのだが、
このコンテストは合成生物学分野の国際コンペとして、今後確実に大きなプレゼンスを持つことになる。
バイオ系ブロガーを自認する私としてはこのネタは外せないので、ちょっと紹介してみよう。
◆合成生物学って何?iGEMってなに?
このブログは生物系のバックグラウンドを持つ読者が多いけれど、それでも合成生物学やiGEMが何か知らない人は結構いると思う。
そこでまず簡単な説明から。
生命現象というのは非常に大規模で複雑なプロセスだ。
個々の反応は単純でも、その反応と環境変数の組み合わせから生まれる現象は
チューリングパターンやライフゲームが単純なロジックから複雑なパターンを生み出すように、複雑怪奇なものとなる。
つまり、個々のパーツを理解しても、システム全体を理解したことにはならない。
これが前世紀に分子生物学がぶつかった壁の一つである。
この壁を乗り越えるために現在用いられている方法論は大きく分けて二通り。
一つはシステム全体を包括的に把握する、オミックスやシステムバイオロジーのトップダウン的アプローチ手法。
そしてもう一つが、実際に対象となるパーツを生物に組み込んでみて、生体内でどのように動くかを確かめる、合成生物学のボトムアップ的アプローチになる。
合成生物学 - Wikipediaより
合成生物学(ごうせいせいぶつがく、英:Synthetic biology)とは従来、生物学の幅広い研究領域を統合して生命をもっと全体論的に理解しようとする試みであった。最近になりこの用語は科学と工学の融合により新しい生命機能あるいは生命システムをデザインして組み立てる新しい学問分野を指すようになった。最近の合成生物学は必ずしも全体論的理解を深める目的があるわけではなく、作ることで生命への理解を深めるアプローチや、有用物質を生産するキメラ生物の作製も重要なテーマである。合成生物学は構成的生物学や構成生物学とも和訳されている。
もうちょっと簡単に書くと
1.生命現象は、網羅的に把握しようとするには変数が多すぎてややこしすぎる。
2.そこでまず、分子生物学の成果から、生命の構成要素をパーツ単位でばらして再構築してみよう。
3.実際にシステムを再構成してみて、理論と実験データの差から何が正しくて何が間違っているかを調べよう。
4.ついでに合成生物学の手法を流用して、有用な生物を合成できたらなおよし。
という感じ。
現在特に注目を集めているのが、生命をパーツ化し、その組み合わせで目的の機能を持った生命を合成するというテーマで、iGEMもこの流れを汲んでいる。
この分野の論文はどれも刺激的で非常に面白い。
例えば大腸菌を蛍のように周期発光させる、ElowitzのRepressilatorの論文(Elowitz et al. 2000)なんて、読んだときに背筋を衝撃が走りぬけたね。
前置きが長くなったが、今回紹介するiGEMは、正式名称を
"The International Genetically Engineered Machines"
という。
大腸菌を素体として遺伝子工学技術により有用なナノマシンを作成する、大学間の国際コンペだ。
調べてみたらNationalGeographicの記事が日本語化されているようなので、そこから紹介文を引用する。
ニュース - 科学&宇宙 - “生物ロボコン”、iGEM 2008 - ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト
アメリカの子ども用組み立て玩具「エレクターセット」のようにDNAのパーツを操る若き合成生物学者たちが、超小型の微生物電池を作り出し、有害なバクテリアを腸内の“お手伝いさん”に変え、将来患者が飲み込むことができる錠剤サイズの人工透析装置を開発した。
これらはすべて国際大学対抗遺伝子工学技術応用機械コンペティション(iGEM)で発表された作品だ。iGEMは生物版の“ロボコン”とも呼べるもので、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で毎年開催されている。
先週末に開催された今年度のiGEMには北アメリカ、南アメリカ、アジア、ヨーロッパにまたがる21カ国から大学院生を中心とする84チームが参加し、遺伝子工学を応用した生物“ロボット”パワーを披露した。
参加した合成生物学者たちは「パーツ」と呼ばれるDNAの部品をさまざまに組み合わせて、新しい有益な有機体を作り出す。コンピュータープログラミングに似ている部分もあり、コードの代わりに遺伝物質を追加してバクテリアや酵母菌、ときには哺乳類細胞など既存の有機体を改変する。
iGEMに参加するチームは、無料で提供されるパーツキットや独自に開発した新パーツを使用してオリジナルの新しい生物システムを設計し構築する。アイデアの優劣は、大会当日に行われるプレゼンテーションで決まる。
このプロジェクトは、レゴブロックのようにおもちゃを組み立てるような容易さで新たな生命を作り出すことを可能とする。
規格化された機能単位の遺伝子パーツを用意し、その組み合わせによって新たな生体マシンを生み出そうというこの試みは、おそらく今後のバイオテクノロジーの方向性に一つの大きな流れを生み出すものになる。
パーツの組み合わせから生み出される可能性は、研究者の想像力次第で限界無く広がるだろう。
iGEM2008で最優秀賞を獲得したのはスロベニアのチームで、その研究内容は、
胃がんの原因となるヘリコバクター・ピロリ菌に対するワクチンを作ったというもの。
最優秀賞を勝ち取ったのはスロベニアのチームで、ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)、いわゆるピロリ菌に対するワクチンを開発した。人間への影響という意味では最も即効性のあるものといえるだろう。
ピロリ菌は世界人口の約半数が感染しており、特に開発途上国の感染率が高い。感染しても症状が現れないことが多いが、中には消化性潰瘍(かいよう)やガンに発展するケースもある。
スロベニアのチームは既に2つのワクチンを生成しており、実験用マウスに対するテストを開始している。ワクチンの1つはバクテリアを改変して免疫系に対し“視覚化”できるようにするもので、もう1つは免疫反応の効率を改善するものである。
この研究はワクチンのあり方に対してコロンブスの卵的な発想の転換を迫るもので、非常に面白い。その発想はなかったわ。
ワクチンといえば普通は免疫系に対し刺激を与えて抵抗力をつけさせるものだが、このワクチンはピロリ菌の表面にマーカーをくっつけて、免疫系に発見されやすくするというもの。
この手法を流用すれば、有効な治療法のない他の様々な病気に対してもワクチンを製造可能だろう。大賞を獲得したのもうなずけるというものだ。
Team:Slovenia - 2008.igem.org
Abstract for non-specialists
Bacteria Helicobacter pylori infects half of the world population causing gastritis and contributing to increased incidence of ulcers and gastric malignancies. This infection can be treated with multi-drug regime, but this is often associated with induced antibiotic resistance and does not protect individuals from re-infections. Vaccination against H. pylori can therefore be a viable alternative to control this widespread infection. However, developing an effective vaccine against H. pylori has presented a challenge because H. pylori or its components, which have frequently been used as parts of vaccines, are modified by bacteria such that they evade host defense mechanisms. Using synthetic biology approaches we managed to assemble functional “immunobricks” into a designer vaccine with a goal to activate both innate and acquired immune response to H. pylori. We successfully developed two forms of such designer vaccines. One was based on modifying H. pylori component (flagellin) such that it can now be recognized by the immune system. The other relied upon linking H. pylori components to certain molecules of the innate immune response (so called Toll-like receptors) to activate and guide H. pylori proteins to relevant compartments within the immune cell causing optimal innate and acquired immune response. Both types of vaccines have been thoroughly characterized in vitro (in test tubes or cells) as well as in vivo (laboratory mice) exhibiting substantial antibody response. Our strategy of both vaccines’ design is not limited to H. pylori and can be applied to other pathogens. Additionally, our vaccines can be delivered using simple and inexpensive vaccination routes, which could be suitable also in third world countries.
他のチームの発表しているネタも、どれもユニークで面白い。
ナショナルジオグラフィックの日本語記事には、優秀賞を獲得した他のチームの研究成果も簡単に紹介してあるので読んでみるといい。
英語が大丈夫な人ならiGEM2008のサイトでアブストを読んだほうが面白いだろうが。
iGEM2008のサイトは研究者向けのアブストと、非専門家向けの簡易な説明とが併記してある辺り、配慮が効いていて素晴らしいと思った。
実際にiGEMに参加したid:Hashが、レポートを書くそうなので、期待をこめてTBしておこう。
更新楽しみにしてまーす(。・w・。 )
またみにきますね♪