2008年10月01日

「未来を透視する男」―予言者ジュセリーノの使うトリック―

もう結構昔の話になるが、学部時代、私は教職課程を取っていた。
最近のカリキュラムでは、教員免許を取るためには介護実習を行うことが必須となっており、高校なら2日間、中学の教員免許をとるためにはさらに5日間の介護実習が必要となる。
そのため、確か大学3年の春休みの頃だったと思うが、私は介護実習のためにある老人ホームで一週間程働いていた。
そこでの仕事は、デイケアの老人の送迎や食事の用意、入浴介助などで、実習そのものはつつがなく終えたのだが、最終日にお別れ会を兼ねたレクリエーションということで、実習生が各自何か出し物をすることになった。

実習仲間の中には、歌を歌う者がいたりピアノを弾く者がいたり様々だったのだが、私はそこでマジックを行うことにした。
そのマジックが表題の「未来を透視する男」である。

多分初めて書くと思うが、私はマジックがかなり好きだ。
中でも心理誘導や心の盲点を利用したトリックや、種を明かせば「なあんだそんなことか」と言われるような誰でも出来る単純なものでありながら、そのくせ効果が抜群なトリックが特に好みで、自分でも少しかじっている。
「未来を透視する男」はそんなトリックを使った私の持ちネタの一つとなる。
 
 
 
◆未来を透視する男
このマジックはカードの透視にひとひねり加えた、一応は私のオリジナルマジックになる。
#使っているトリックは単純なので、恐らく他にも似たようなマジックを使う人は大勢いるだろうけれど。

マジックの展開はこんな風に進む。

老人ホームの面々を前にした私は、その中から一人の協力者を募集する。
協力者は誰でもいい。やってもらうことは、単に紙に1〜5までの好きな数字を書いてもらうことだけだからだ。
協力者が何を書くか見えないように、数字を書いている間、私は目隠しをして後ろ向きになる。
協力者が数字を書いたら、私は目隠しをしたままで、会場の他の人達に何を書いたのか見て覚えてもらう。
勿論ここでずるをして何を書いているかのぞき見たり、あるいは予め協力者と示し合わせたりするようなチャチなトリックは使わない。
会場が数字を確認したら、紙を隠してもらい、私は目隠しをとる。


ここで何の数字を書いたかをずばり言い当てるのが普通の透視のマジックだが、私の場合ここでひとひねり入れる。
マジックを始める以前に、協力者が何の数字を選ぶのかをあらかじめ予言したメモを書いておき、こう告げる。
「ここであなたが何の数字を書いたかを当てるのが普通のマジックですが、それではありきたりすぎてつまらないので、今回は少し趣向を凝らしてみました。
実は私には予知能力があり、あなたが何の数字を書くかは、このマジックを開始する前からあらかじめ分かっていたのです。
その証拠に、あなたの書いた数字をあらかじめ予言した封書をあなたにお渡ししましょう。」
と告げながら、おもむろにポケットから封筒を取り出し、相手に渡す。

相手は封筒の封を切り、中から自分の書いた数字と一致するメモを取り出してびっくりする。
会場も結果を知り一気にどよめきに包まれる。
実行条件にいくつか縛りがあるのであまり多用は出来ないが、まだ一度も外したことがない私の十八番だ。


◆インチキ予言のトリック
さて、ここからが本題。
何でこんなマジックの話を始めたかというと、このマジックに使われているトリックとよく似たトリックを使うイカサマ預言者が最近幅をきかせ始めているからだ。
はっきり名前を出すならジュセリーノのことなんだけどな。

Googleで「ジュセリーノ 予言」を検索するとわんさかビリーバーのサイトが釣れるが、よくもまあこの程度の口上に引っ掛かるものだ。
彼の使っているトリックは非常に単純なもので、予言どころか予測というのもおこがましいレベルの代物なんだが。


彼の使っているトリックを説明するには、私のマジックの解説からはじめるのが良いだろう。
私のマジックで使っているトリックと、ジュセリーノの使うトリックはほとんど同じものだからだ。

当たり前の話だが、マジックである以上、私は本当に予知や予言を行っているわけではない。
それどころか、目隠しを取った段階では、私はまだ相手が何を書いたかすら知らない。
私は目隠しを取った後に、ある方法で書かれた数字を知るわけだが、そこは本論ではないので省略する。
問題は、知るはずのない未来を予知する方法である。そしてこれがジュセリーノの使うトリックにも繋がる。
ここまで書けば恐らく気が付く人もいるだろうが、タネを明かそう。私のポケットの中には、協力者が書くであろう数字のメモが入った封書があらかじめ全てのパターン用意されているのだ。
そして書かれた数字を知った後に、おもむろにその数字に対応する封書を取り出し、あなたが書いた数字はあらかじめ予知されていたと告げるのである。
後は演技力次第で、例えあらかじめマジックだと断りを入れていても、ネタを知らない観客は「ありえないことが起こった」と、どよめくのである。


ジュセリーノのトリックの場合、事はもっと単純だ。
彼は常日頃から世界中に、「起こりうるかも知れない事態」を延々書き連ねた手紙を送り続けている。
彼の「予言」の正確な数は知らないが、確か年間で数千は下らなかったはずだ。
そして自分が書いた「予言」に近い何らかの事件が起こった後に、したり顔で「私はそれを予言していた」と告げるのだ。

私のマジックでポケットの中に用意されていた全ての数字の封筒が、彼が日々送り続けている「予言の手紙」に相当する。
例えば4人の人間が立候補した選挙の結果を「予言」する手紙を、4通それぞれ別の候補者の名前を書いて出せば、100%選挙の結果を「予言」することが出来る。
地震や台風などの天災は「予言」がそれなりに難しいが、様々なパターンを網羅した手紙を何千通も作成すれば、それなりにいい結果は出る。
このときに、当たらなかった残りの数千はどうでもいい。
私がマジックで外れの4通のことを表に出さないように、むしろ出してはタネが割れるので困るのだ。


逆にマジシャンとして彼を見た場合、彼のやっていることはかなり優秀だ。
恐らく優秀なスタッフを大勢抱えているのだろう。
毎年何千もの「予言」を行い、その結果をチェックし、当たりが出たらマスコミに向かって大々的に宣伝し、何千何万もの信者に対し自分が本物の予言者だと信じ込ませる。
下に挙げている例のように海外に向けた布教にも余念がない。
これは生半可なことで出来ることじゃない。
以前「サギとマルチと疑似科学」で取り上げたスマートで計算上手なサギ師の類例だな。

ジュセリーノ・ダ・ルース - Wikipedia
Wikipediaのジュセリーノの項目には、あらかじめ予言が確認されている事象の当否がリスト化されている。
これを見れば彼の予言の大部分は外れ、当たりになりそうなものも、微妙にかすっている程度のものがほとんどであることが分かるはずだ。



◆テレビ東京がまたやってくれる件について
ところで、テレビ東京が10月9日にまた馬鹿番組を放送するらしい。
先日もウォーターエネルギーシステムに引っ掛かっていたと思ったがまたか。
テレ東系「史上最強の予言者−」会見を開催(サンケイスポーツ) - goo ニュース
 10月9日放送のテレビ東京系「史上最強の予言者 ジュセリーノ」(後7・0)の会見を26日、都内で開いた。ブラジル人の予言者、ジュセリーノ・ノーブレガ・ダ・ルース氏を特集する第2弾。昨年2月の前回放送で「9月13日にアジアで大地震が起こる」と予言したが外れ、「いつも逆のことを祈っている。地震が起きなくてうれしかった」などと弁明。今回は「水不足による戦争のぼっ発」などを予言するという。

よりにもよってインチキ預言者ジュセリーノを取り上げようという辺り、ディレクターはよほど不勉強なのか、それとも馬鹿を騙して視聴率を稼げればそれでいいと考えている手合いなのかどちらかだろうな。
これでまた、岡崎でパニックを起こしたような手合いが増えるかと思うと、正直げんなりする。
<予言>「岡崎で大地震」うわさで町は大揺れ(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

多分放送以後ビリーバーがはしゃぎ回ることが予想されるので、
十八番のネタを明かすというタブーを犯してでも、あらかじめ予防薬を用意しておくことにした。


◆おまけ
「未来を予言する最良の方法は、自らがその未来を作り出すことである」Byアラン・ケイ
他人の予言に右往左往するよりは、自分の手で未来を切り開いていくほうが私の好みだな。
えせ予言者が幅をきかせる未来なんてまっぴらごめんな私は、とりあえずこうして行動することにする。


◆もひとつおまけ
ちょっと関連の薄いネタだが、
ケイシー、ユンゲラーの進化形にフーディンを持ってきたポケモンの開発陣は、実にネタというものをよくわかってる連中だと思う。
意味のわからない人はそれぞれのポケモンの元ネタを見てみよう。

ケイシー →エドガー・ケイシー - Wikipedia
ユンゲラー →ユリ・ゲラー - Wikipedia
フーディン →ハリー・フーディーニ - Wikipedia
この記事へのコメント
  1. オカルトやら疑似科学やらは常に一定の視聴者が見込めるとかって話を聞いたことがあるので、番組編成期の特番に使うには(視聴率的に)ありがたいんでしょうねぇ。

    それはそれとして、テレ東はTBSじゃなくてTXじゃないかと。
  2. Posted by ^JJ^ at 2008年10月01日 02:32
  3. >「未来を予言する最良の方法は、自らがその未来を作り出すことである」

    オウム真理教が行っていませんでしたっけ?

    死を予言して、実際は自らが殺すことを...

    このようなことの方を思い浮かべるのはorz

    >Byアラン・ケイ

    dynabookの方ですね。
  4. Posted by att460 at 2008年10月01日 09:30
  5. ジュセリーノはもっと姑息なこともやっています。

    それは「事件が起こってから予言を書く」という手法です。
  6. Posted by lets_skeptic at 2008年10月01日 11:36
  7. はじめましてAAといいます
    ポケモンはちょうど自分が子供のころ流行った物で自分も知っておりニヤリとさせられました
    このポケモンの進化の仕方は開発陣の洒落の利いた皮肉ですね

    ケイシー →ユンゲラー →フーディン
        ↑      ↑
      超えられない壁ですかねww

    自分は手品のネタばらしは好きなのですが手品自体はネタが分からないと
    見た後もやもやとした気分になってしまい好きにはなりませんでした
    マスクマジシャンだったかブラックマジシャンといったネタをバラしてくれる
    マジシャンは好きですw
  8. Posted by AA at 2008年10月01日 12:04
  9. いつも楽しく読ませていただいています。
    >TBSがまたやってくれる件について
    TBS?


    数字予言のマジックは、刑事コロンボのドラマで見た気がします。
    数字を書いておくのは、電話機の底とかでしたが。

  10. Posted by meineko at 2008年10月01日 14:11
  11. >^JJ^さん、meinekoさん
    ご指摘感謝です。
    最近別件でTBSのネタについて書いているのですが、どうも寝ぼけて混じったようです。
    早速修正しておきました。

    >att460さん
    オウムに限らずカルトで似たようなことをやったところはいくつかありますよね。

    >lets_skepticさん
    ですね。
    ビリーバーは無視しますけど。

    >AAさん
    フーディン閣下は無印の頃からずっと私のレギュラーメンバーです。
  12. Posted by 黒影 at 2008年10月01日 21:44
  13. >逆にマジシャンとして彼を見た場合、彼のやっていることはかなり優秀だ

     話題つくりや金儲けという点では優秀ですが、マジックの手腕は評価に値しないような。

     「優秀なマジシャン」とか言って欲しくないです。あんなの。


     マジシャンの優劣をどこで判断するかは人それぞれですが、マジックが好きだと仰るなら
    世の優秀なマジシャン達とジュセリーノ(笑)を同列に並べるかのような表現はちょっとどうか
    と思います。

     まー、マジック好きっつってもマジシャンを尊敬してるとは限らないわけですが・・・
  14. Posted by 質量分析屋 at 2008年10月01日 21:44
  15. ジュセリーノはネットもなかった時代から世界中に手紙送ってるらしいけど、
    各地で起こりうる事象を調べて何千通も書くのは無理でしょう。
    どれだけの人員と費用が必要か? 雇われ探偵なら秘密をばらす者は必ずいる。
    他国の地元レベルの情報なんてそう簡単にはわからないし、
    人名などは固有名詞つきのものもあるし数撃ちゃ当たるは無理が有りすぎる。

    事件が起きてから書いてると見る方が最も自然。
  16. Posted by shobo at 2008年10月04日 00:31
  17. すみません。
    あらかじめ全ての答えを用意していることは
    大抵のひとには分かっていると思うのですが、
    どうやって書かれた数字を知るかと言う肝心のタネは
    やはり教えてはいただけないのでしょうか?

    ジュセリーノさんという方には興味がなく
    純粋に黒影さんのマジックに興味を持ちました。
  18. Posted by h at 2008年10月08日 23:00
  19. フーディーニwiki読んで尊敬した。
    彼こそ真のマジシャンだな。
  20. Posted by コメント at 2008年10月09日 01:14
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