記事の中で私は超高熱細菌を取り上げて紹介し、今後さらに生育可能域が拡大されていくだろうと書いたのですが、早くも記録が更新されたようです。
実にタイムリー。
幻影随想: 極限環境微生物と火星の生命
実はこういった極限環境微生物の研究は実はまだ歴史が浅く、本格的に始まってまだ半世紀も経っていません。
つい最近まで研究者も人間の生育可能域(ハビタブルゾーン)の常識に囚われており、
こういった環境で生育する生命体の存在は想像の範疇外だったのです。
例えば古細菌(アーキア:Archaea)の一種で、
Pyrolobus fumarii Strain 121という菌がつい数年前に発見されたばかりなのですが、
この菌は121℃、2気圧のオートクレーブ(細菌を滅菌するために使われる装置)の中でさえ増殖し、温度を130℃に上げてもなお2時間は生存します。
#普通の微生物は121℃のオートクレーブ15分で死滅します。
Strain 121 -
Wikipedia
Extending the Upper Temperature Limit for Life -- Kashefi and
Lovley 301 (5635): 934 -- Science
だからこの生育可能範囲というのは「現在分かっているだけでもこれだけは」という条件であって、今後さらに拡大されていくことになると思います。
さて、今回記録を更新した新たなチャンピオンがこちら。
インド洋のかいれいフィールドの熱水口から採取された超好熱メタン菌Methanopyrus kandleriです。
メタノピルス属 - Wikipedia
今回の実験で、この菌は実に122℃の高熱の中でも生育することが出来る猛者であることが明らかになりました。
新しい高圧培養法による生命の最高生育温度記録更新と高圧メタン生成
〜122℃で増殖し、重い炭素に富んだメタンを生成する 超好熱メタン菌の培養に成功〜
[概要]
独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)極限環境生物圏研究センター地殻内微生物研究プログラムの高井研プログラムディレクターは、新しく開発した高圧培養方法により、インド洋の深海熱水環境から分離された超好熱メタン菌が再現可能な試験として、122℃までの高温下でも増殖可能であることを発見しました。
これまで微生物の最高生育温度記録は再現可能な記録として113℃(再現できない記録としては121℃がある。)と報告されており、生命活動の限界が122℃まで引き上げられたことにより、地球における生命圏の拡がりだけでなく、地球外の宇宙環境における生命存在限界条件を理解するのに大きく貢献するものです。
さらに、琉球大学及び北海道大学と共同で、この超好熱メタン菌の生成するメタンが、従来の定説を覆す「重い炭素同位体に富んだメタン」であることを発見しました。本成果は温室効果ガスや未来のエネルギー資源と考えられるメタンに関して、微生物学的な生成メカニズムの重要性を示す画期的な発見です。
これら成果は7月28日付けの米国科学アカデミー紀要Proceedings of the National Academy of Sciences of the USAオンライン版に掲載されます。
元微生物屋な私にとって、この研究は非常に面白いです。
まずは菌の画像を紹介。
Methanopyrus kandleriは長さ5マイクロメートル、直径0.5マイクロメートル程度の桿菌で、常圧下だと大体116℃くらいまで生育します。
図3:インド洋中央海嶺かいれいフィールドから分離された超好熱メタン菌Methanopyrus kandleri116株の電子顕微鏡写真。
次に、この実験のいちばん面白い点についてです。
通常、細菌の最適生育条件というのは単離元の環境条件なのですが、高温高圧下での培養実験というのは非常に難しいため、これまではあまり試みられていませんでした。しかしこの実験では、海底の熱水鉱床から採取した微生物を、元の環境に近い高温高圧の条件化で培養しています。高圧の深海に生息する生物は通常その環境に適応しているため、常圧下においては生体機能を正常に発現できないことが多々あります。つまり、元の環境に近い高圧下においてやれば、この菌は生存能力がさらに高まる可能性があるわけです。
そして実験の結果、予測どおりにこの菌が高圧下においてより高い生存能力を示すことが示されました。
図6:超好熱メタン菌Methanopyrus kandleri 116株の生育温度と高温での生存能力
現在超高熱細菌として知られているものは、大抵海底の熱水口や地下から湧き出す温泉から採取されたものであり、他の菌も高圧下で培養してやれば大幅に生育可能温度域が広がる可能性があります。Pyrolobus fumariiも確か海底の熱水口から採取されたもののはずなので、同様に耐熱性が向上する可能性は高そうです。
その意味でもこの実験は、意義深いものです。
もう一点面白いのが、この菌の生成するメタンの同位体比です。
通常生物プロセスによって作られた有機化合物は、化学的な作用で作られたものと異なり同位体C13の比率が小さくなることが知られています。しかし今回の実験で、高圧下において作られたメタンの同位体比は、C13の比率が高く、さらに興味深いことには、この同位体比はこれまでマグマ起源と考えられていたメタンの同位体比と非常に近いものでした。
つまり早い話が、これまでマグマ由来のものと考えられてきたメタンが、実は生物プロセスによって作られたものである可能性が出てきたわけです。
図2:炭素同位体比に基づく自然界に存在するメタンの起源の分類
地球上に存在する生物量(バイオマス)のうち、地上に存在するものは1兆トンと言われていますが、地底細菌として存在するバイオマスは、最低でもこれに匹敵する1兆トン、最大の予測では200兆トンに及ぶと考えられています。
しかし採取や培養の困難さもあり、こういった地底微生物圏の研究はあまり進んでいません。
面白そうだとは思うんですけどね。
余談ですが、この研究を行っている海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、深海生物や海洋微生物の研究では世界でもトップクラスの研究機関であり、プレスリリースを見ていると面白いネタには事欠きません。
例えば何年か前にニュースになったスケーリーフットとか、深海画像データベースとか、うちのブログでも過去にJAMSTEC発のニュースを何度も取り上げていますしね。
なんせしんかい6500とか地球深部探査船ちきゅうとか、他にはない強力なツールをいくつも所持しているので、他所には逆立ちしても用意できない垂涎もののデータを大量に持ってるんですよ。
こういう優れた研究機関が存在することは、もっと多くの人に知って欲しいと思います。
◆JAMSTEC関連記事
幻影随想: 地球の内部構造を探る
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◆おまけ
おまけとして、地下生物圏の提唱者であるゴールドの本を紹介しておきます。
彼は多分に山師的なところのある人物ですが、話半分でもこの本は面白いですよ。
学部時代にこの本を読んだことは、私が微生物方面に進む動機の一つになりました。
未知なる地底高熱生物圏―生命起源説をぬりかえる: トーマス ゴールド
所で、タイタンで液体の炭化水素が発見されたらしいですが、
超低温で増殖できる微生物もいる事を考えればタイタンでの地球外生命発見の可能性も出てきますね。
タイタンで液体の炭化水素と言うとやはりメタンの海でしょうか。
メタンを使って増殖するタイプの細菌は古細菌に多いので期待をしてしまいます。
122℃で転写、翻訳が行われていること自体が凄まじい。
こういった菌のタンパク質をSDS-PAGEとかにかけるときって、変性の条件も変えないといけなかったりするんでしょうか。
メタンの海で発生した生物がもしいるとしたら、地球の生物とは全く違った生体システムを持っていそうですね。
SFの域を出ない話ではありますが、確かにわくわくします。
>iza-nobunagaさん
好熱菌のタンパク質は大抵やたらと頑丈ですが、SDSで変性させるのに特殊な条件は使っていなかったように記憶しています。
あれは水素結合やイオン結合を問答無用で切り離しますから。