2005年12月08日

韓国の生命倫理問題に関する急展開について

半月ほど前に取り上げた韓国の生命倫理問題が予想外の進展を見せている。
倫理問題だけで終わるかと思っていたら論文データに続々と疑問点が生じ始めているのだ。

この問題について手っ取り早く知りたいという人は、当ブログのこのエントリをご覧あれ。
幻影随想: 10分で分かる韓国の生命倫理問題
このエントリは11月終わりまでの情報しかフォローしていないため、
次に[ EP: end-point 科学に佇む心と身体]さんのこのエントリを続けて読んでいただければ事態が分かりやすいと思う。
韓国の幹細胞倫理違反騒ぎ:続々報&ヘルシンキ宣言

さて、前回のエントリで挙げられた三つの倫理問題だが、結局全て正しかった事が明らかになった。
これまで国ぐるみで否定しまくっていたのが一転して問題を認めたため、
ファン教授は諸外国からは「倫理的な問題を起こした研究者」「疑惑の追及を逃れようと嘘を付いた研究者」というレッテルを貼られてしまったわけだが、それだけならまだ浮かぶ瀬もあったろう。
(ノーベル賞はもう駄目だろうけど)

しかしこの間の韓国内の世論の動きはまずいことこの上なかった。
言い方は悪いがこの疑惑を単に一研究者の問題、つまりファン教授の問題として割り切って追求、批判していれば韓国の幹細胞研究には−ファン教授にとっても−失地回復の余地があった。
しかしこれまで国ぐるみでファン教授を英雄に祭り上げ、科学分野で初のノーベル賞候補者として過度の期待を抱いてきた彼等にとって、彼をスケープゴートとして切り捨てる選択肢はとても取れなかった。
韓国では国ぐるみでファン教授の擁護に走り、疑惑の隠滅を図ろうとした挙句に疑惑を暴露した報道機関に対する政治的攻撃を加えるまでに至った。
この暴走のおかげで韓国の生命科学者、ひいては韓国科学界そのものまでもが他国から白眼視されかねない事態に陥りかけているのだ。

先日朝鮮日報がこんな失笑ものの風刺絵を載せいていたが、
彼等はどうも外の目に対して無頓着というか随分鈍いようだ。
欧米のメディアでは、大抵韓国でのヒートアップを冷ややかな目で見ている。

一例としてNYTの記事を(韓国の新聞への転載)
The Seoul Times:Korean Scientists Likely to Face Tighter Scrutiny

NYT Editorial
South Korea's Cloning Crisis Published: December 4, 2005
South Korea's high-flying stem cell researchers - reputedly the best in the world at cloning - have stumbled badly in handling the ethical issues of their controversial craft. Worse yet, the research team's leader, a national hero in his homeland, lied in an effort to hide his ethical lapses. We can only hope that he has not also lied about the astonishing scientific achievements of his research team.

「我々に出来ることはただ祈ることだけだ。彼が彼の研究チームの驚くべき科学的業績については嘘をつかなかったことを。」
なんとも強烈な皮肉だ。
朝鮮日報の風刺絵との温度差はすさまじい。


前回のエントリを書いた時点ではこの問題は倫理的な問題としてかなり注目を集めていた。
それでも、その時点では私はこの一件がただの倫理問題で終了だと考えていた。
多分大半の人がそうだったのではないかと思う。

しかしどうやらそれだけでは済まなかったようだ。
さらに疑惑第二弾が発覚した。
 
 
 
◆データ捏造疑惑露見
まるでタイラーズ騒動の劣化拡大コピーを見ている気分。
ソウル大教授、事実と異なる画像発表…クローン胚問題 : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
【ワシントン=笹沢教一】世界初の人クローン胚(はい)を使った胚性幹(ES)細胞作りに成功した韓国ソウル大の黄禹錫(ファン・ウソク)教授らが米科学誌サイエンスに発表した研究成果の中に、事実と異なる画像が含まれていたことが5日、明らかになった。

 米ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)が報じた。

 同紙によると、問題の画像は、今年6月17日付の論文に関連する電子版用の補足資料。患者11人から採取した培養細胞がそれぞれ生育していることを示した複数の写真が、実は同じ培養細胞を撮影したものだった。黄教授はサイエンス誌の問い合わせに対し、電子メールの回答で事実関係を認め、「コピー・ミス」と釈明しているという。

自分の論文のコピーミスに気が付かないってありえなくね?
一枚や二枚じゃないのだぞ?

NYTの記事というのはこれ。
New Questions on a Breakthrough in Human Stem Cell Research - The New York Times
記事内容の簡単な訳はこちらで紹介されている。
コリアウォーズ EpisodeU  -クローンの攻撃- ピーノの独り言/ウェブリブログ
記事のトーンとしては、「この一件でもって教授の研究の正当性を争点にする考えはない」とのサイエンス誌編集者の意見を紹介し、科学系の論文には些細なミスは珍しくないと前置きしつつも、これは教授の結論を「無効」にするかもしれない「深刻な間違い」であり、データの「操作」の可能性もあるとしています。


韓国の学術サイトで問題の写真の解説をやっていたので紹介しておく。
日本語がおかしいのは自動翻訳のご愛嬌。大意が取れれば問題ない。
所長 生命科学者 "幹細胞 写真 驚くべきに まるで"

問題となっている細胞写真は計5枚。
一枚や二枚ならともかく、5枚というのは取り違えミスにしては多すぎるな。
それに微妙に拡大したり、縦横比をいじったり、同じ細胞の別の部分を撮ったりとどう見てもコピーミスとは思えない。

一応こんな反論は来てはいる。
写真を間違えたのはシャッテン教授の方だそうだ。
しかし疑惑のFig.はこれだけに止まらず、どうやら別のサプリメントFig. S2もまずい模様。
黄教数の 墓: DNA fingerprinting pattern
アルング~です(DNA fingerprinting よく見ること(とは))
所長 科学者たち "'DNA 指紋分析 結果' 操作された" (疑惑のFigの写真付き解説)

DNAフィンガープリントとは、DNAをある特定の配列で切断したときにどのような大きさの断片が出来るかを見たものだ。
ヒトは一人一人DNA配列が異なる為、現れる断片のパターンを観察することで細胞の持ち主を特定する事が出来る。
最近では犯罪捜査などにも用いられている方法だ。

さて、問題は別々のサンプルから試料調整されたとは思えないほどのパターンの類似性だ。
ドナーから取った細胞でES細胞を作ったのだから現れるパターンが同じなのは当然なのだが、
この論文のデータはきれいに一致しすぎるのだ。

通常別々の細胞からDNAを採取して、それを制限酵素で切断して解析すると
同じ系統のサンプルであってもノイズや波形などに微妙な違いが出て来る。
それがこの論文のデータではピークの大きさや波形がドナー細胞とそこから造ったES細胞とで非常に似通っている。
物によってはパターンがドナーとESでノイズに至るまで一致とか。
(このあたりの説明は上記の韓国の掲示板で詳しく書いてある)
一つや二つのサンプルでの一致なら偶然で済むが、ほとんどがそうだとなると話は変わってくる。
それは確率的にありえないことだからだ。


こりゃマジで韓国のタイラーズ騒動に発展する目が出て来たな。
離脱したと思われていたシャッテン教授も再び引き戻されて、
疑惑の暗雲がいたるところに立ち込めている。


で、間の悪いことにサイエンスの編集長が先日の記事でファン教授の研究に太鼓判を押してしまっているわけだ。
「MBCの主張、正しいことは1つもなし」ドナルド・ケネディサイエンス編集長インタビュー

彼等は「問題の細胞写真はどこかですりかわった」「最初の投稿Fig.では画像の重複は無かった」と主張してもいる。
しかし自分の論文の画像がすりかわって著者本人が気づかないはずもなし。
編集段階ですりかわって誰も気がつかないのであれば、それはそれで編集部側の大問題となる。
そしてなによりこのフィンガープリントの問題について全く触れていない。

少なくとも編集長のこの言葉には大きな疑問が投げかけられるわけだ。
「サイエンスは論文内容に対して非常に格別な注意をはらい真偽を検証して論文の品質を判定する」
ひょっとしなくてもScience誌編集部まで巻き込んだ騒動に発展するかもね。
<12/10追記>細胞写真の新たな疑惑発覚、捏造確定でこの発言自体が嫌疑の対象となる。
これはファン教授どころかサイエンス編集長、編集部も疑いの眼を逃れることは出来ないだろう。



ちなみにファン教授本人は現在心労がたたったか疑惑逃れの為か入院中。
【写真】脱力…入院した黄教授
心因反応という奴だな。日本ではなぜか疑惑の政治家がよくかかる病気のようだが。

さらに告発した側は国内のバッシングを恐れたかアメリカに逃亡を企てるという、
何ともワイドショー向きの展開になってきた。
ピッツバーグ大派遣韓国人研究員2名、米永住権を申請中

この問題がどの辺に落ち着くのか、まだしばらく目が離せそうにない。


<追記>
16:30 加筆修正

韓国の科学者の名誉の為に追記。
上記の細胞写真やDNAフィンガープリントの検証のように、韓国内にも疑惑解明の為に頑張っている人たちはいる。
惜しいことにまだその動きは少数派であるが。

日本でタイラーズ騒動をRNA学会が自分の手でけりをつけたように、
韓国の生科学者の人達も、是非自分達の手でこの疑惑の真相を明らかにして欲しい。
…と頑張っている人たちにエールを送ってみる。

<12/10追記>
どうやら彼等の努力は間に合わなかったようだ



◆関連エントリ(Related Entries)
10分で分かる韓国の生命倫理問題(Summary of South Korean Researcher's Bioethical violation.)
韓国の生命倫理問題に関する急展開について(Bioethics scandal of South Korean Cloner Developed into the Suspicion of Fabrication.)
黄教授による論文データ捏造確定(Looking into the Duplication of ES Cell Photos.)
DNAフィンガープリントを眺める(Weird accordance of DNA finger print patterns.)


posted by 黒影 at 12:13 | Comment(10) | TrackBack(6) | バイオニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
  1. 倫理問題のほうもまだまだ炎上中。
    Wired News: Hwang Says Eggs Forced on Him
    http://www.wired.com/news/medtech/0,1286,69660,00.html?tw=newsletter_topstories_html

    やはりパワハラはありましたか。
    なんか相当あちこちきな臭いんですが。

    ファン教授終わったな、これは。
  2. Posted by 黒影 at 2005年12月08日 13:08
  3. 黄教授、シャッテン教授、サイエンス編集長・・・
    こりゃ疑惑は深まるばかり。
    いったいいくら動いたんだぁ?えぇ? ってマジでここまで行くかも。 韓国政府も一枚噛んでるとしたら・・・ 
    思わぬ展開につい想像してしまうゾ!疑獄じゃあ〜
  4. Posted by ケツ at 2005年12月08日 17:03
  5. うーん、何年か前に新聞報道でどこぞの会社の研究者が
    写真を流用した(確か別の論文の写真を反転したとか)のが
    ばれて依頼退職、てニュースがありましたが。当方関係では
    何と言ってもシェーン氏に尽きますなあ。まさか同じ図形を
    拡大縮小コピーして別の実験、として公刊していたのには
    もう何と言ってよいのやら。で、
    >別々のサンプルから試料調整されたとは思えないほどの
    >パターンの類似性。物によってはフィンガープリントパターン>がドナーとESでノイズに至るまで一致とか。
    うーん。

    残念ながら世知辛い中、へんてこな
    ことやらかす人は絶えないのでしょう。シェーン氏も
    ノーベル賞確実、というより来年もらう、と言われた年に
    告発されたのでした。あとこの手の話の場合必ずって言う程
    共通するのが生データ消失事件。私は捏造の経験は誓って
    ありませんが、生データ(理論系なのでコンピュータ計算
    記録)を消失では無く整理が着かない混乱状態にしたことが
    2度あり、やっぱり自分の心の中の問題だけでなく、いざと
    言うときの為にもデータ保存だけはしっかりしないとも
    思いました。
  6. Posted by うさぎ at 2005年12月08日 22:52
  7.  黒影さん、はじめまして。いつも楽しみに拝読しています。

     写真解説の掲示板のご紹介、ありがとうございました。私は素人なんですが、こりゃ、そっくりに見えますねえ(^^;。ピッツバーグ大も内部調査開始を発表したようで、事実関係の解明を期待したいところです。http://www.post-gazette.com/pg/05342/618922.stm

     韓国側の反応ですが、http://times.hankooki.com/lpage/opinion/200512/kt2005120716454754090.htm あたりを読んで、「あ、ものの分かった人もいるのね」と思いました。

    <引用開始>
    We have been chasing goals too hastily to look around and heed international norms. Our economy has matured to the point where it should no longer disregard standards accepted by other nations.

    Improper procedures cannot be justified by results. The way we do things will be closely scrutinized in the future.
    <引用終了>

     というあたり。

     しかし、結語部分の「黄教授は早期復帰して疑惑解消を」は難しそうですね。

     以上、お邪魔しました。
  8. Posted by harmoniker at 2005年12月10日 00:45
  9. 皆さんコメントありがとうございます。
    >ケツさん
    個人的にはサイエンスに飛び火するのかどうかが一番の関心事です。

    >うさぎさん
    最近はPCでのデータ処理が多いから、紙媒体に残らないデータも多いんですよね。
    私もデジタルデータの管理には気を使ってます。

    >harmonikerさん
    はじめまして。
    韓国でも疑惑を追及しようとしている科学者はそこそこいるみたいですが、
    社会的な圧力の為に中々動きづらいようです。
    なんせMBCをはじめ告発者が相次いで血祭りにあげられましたからね。

    さて、細胞写真の疑惑ですが、韓国で追求されたもの以外に
    2ちゃんでも追及が進んでこんなのが出てきた模様です。
    http://mata-ri.tk/pic/img/1496.jpg

    同一写真のコピー流用意外にも、同じセルが移っているのに別クローンの細胞とされていたりと滅茶苦茶。
    もう泥沼ですね。
  10. Posted by 黒影 at 2005年12月10日 02:12
  11. 黒影さん、はじめまして。
    私のブログで、こちらの記事を紹介させてもらいました。(事後報告でスミマセン)

    ソウル大学の教授たちによる真相究明の動きもあるようです。
    http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=70490&servcode=400&sectcode=400
  12. Posted by オヤジ at 2005年12月10日 08:46
  13. サイエンス誌、黄教授に論文結果の再検討を要求
    http://japanese.yna.co.kr/service/article_view.asp?News_id=712005121000500

    日インターネット掲示板 "幹細胞重複写真 3カップルもう発見"
    総 8カップル '操作疑惑'…12番 幹細胞写真はてんからなくて

    http://www.pressian.com/scripts/section/article.asp?article_num=30051210112223
  14. Posted by minam at 2005年12月10日 15:13
  15. 黄色はカレーを食うお笑い担当だからなw
  16. Posted by Vip at 2005年12月10日 21:26
  17. >オヤジさん
    TBどうもです。
    リンクは構わずやっちゃてください。

    >minamさん
    Pressianの人たちは頑張ってますよね。

    >Vipさん
    捏造戦隊?
  18. Posted by 黒影 at 2005年12月11日 22:38
  19. 漫画文化からスポーツ文化に至る幅広い取り扱い品目を誇る捏造の総合商社 南朝鮮商事(旧韓国商事) はこの度科学分野にその取り扱い品目を拡大する事を全世界に発表した。
    今回の新規分野への進出は従来よりいずれ起こるであろう想定の範囲内であったという側面もあるが、やはりその早すぎる進出に世界は少々驚かされたようだ。
    何はともあれ、今回のこの事業分野拡大によって南朝鮮商事(旧韓国商事)が、事実上、技術的にも量的にも他の追随を許さない世界最大の捏造の総合商社の地位を確立したことは間違いない。
  20. Posted by フリージャーナリスト藤元清 at 2005年12月21日 19:28
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