2008年07月29日

デトックスダイエットで脳障害→賠償金1800万の判決下る。

先週こんなニュースを見かけた。
livedoor ニュース - ダイエットのため1日2リットルの水飲み脳を損傷
新華社ロンドン(イギリス):イギリスのオックスフォードに住むある女性が栄養士の言いつけを守り、体内の毒素を出すため毎日約2リットルの水を飲んだ。その結果女性はナトリウム欠乏症となり、脳に損傷を負ってしまったという。彼女は訴訟を起こし、7年の裁判の末80万ポンド(約1700万円)の賠償金を勝ち取った。
現在52歳のこの女性、2001年の時、栄養士にダイエット方法についてアドバイスを求めた。この時栄養士は女性に、「毎日2.3リットルの水を飲み塩分の摂取を減らせば体重が減る」とアドバイスしたという。
女性はこのアドバイスを実践したが、普通でない量の水を飲んだことで体内バランスが崩れ、女性は耐え難い嘔吐の症状に見舞われた。この症状を見ても栄養士は、これは体の毒を出すための方法だ、などと説明し、1日に飲む水の量を3.4リットルまで増やすよう指示した。一週間後、女性は著しいナトリウム欠乏症のためてんかんの症状が出始め、病院に運ばれることになってしまった。
しかしこの時、女性の脳は回復不能なほどの損傷を受けてしまっていた。女性は記憶力、注意力、言語表現能力を損ない、仕事もやめざるを得なくなってしまったという。

一読してまず思ったのが、翻訳が微妙だということ。
どうみてもこれはデトックス系の怪しい健康法で、症状が出た時も「好転反応」とごまかす典型的なニセ科学健康商売だ。
早速関連情報を調べてみたら、「食品安全情報blog」のuneyamaさんが既にニュースをクリップされていた。多謝。
 
 
 
デトックスダイエットで81万ポンドの賠償金
'Detox diet' woman awarded £810,000

23.07.2008

http://ukpress.google.com/article/ALeqM5gZ84Sdb4IQ64o623g9hIm87-N-Ug

デトックスダイエットを行って不可逆的脳障害になった52才の女性に81万ポンドの損害賠償を支払うことを裁判所が命じた。

このダイエット方法「The Amazing Hydration Diet」は塩分摂取量を減らして水をたくさん飲むというもので、被害者のDawn Pageはダイエットを始めて嘔吐に苦しんだのにニュートリショニスト(栄養士、栄養セラピスト)Barbara Nashがこれはデトックスプロセスの一部だから大丈夫だといった。Barbara Nashは自分の非を否定しているが、彼女の保険会社が81万ポンドを支払うことに合意した。結局Dawn Pageは1週間ももたずてんかん発作をおこして入院したが脳障害が残り、記憶と言語と集中力に障害がある。彼女は1日5Lの水を飲んでいた。

加害者と被害者の名前が分かったのでこれをキーワードに関連ニュースを調べると、出るわ出るわ
ガーディアン、テレグラフ、タイムズあたりを筆頭に、連日特集が組まれていた。
英国では最近怪しい代替医療・健康法撲滅運動の真っ最中だからというのもあるが、かなり大きな扱いになっているようだ。
日本の新聞もこれくらいやってみせろってんだ。

Health: £800,000 for brain injury after detox diet | Society | The Guardian
A bad week for alternative medicine | Rose Shapiro on how to spot quacks | Life and style | The Guardian
Bad science: Barbara Nash had good reason to think she was correct | Comment is free | The Guardian
Woman who claimed detox diet caused brain damage wins £800,000 - Telegraph
Barbara Nash case highlights lack of regulation of nutritionists - Telegraph
Diets don't last; discontent does - Telegraph
Dawn Page receives £800k payout for brain injury caused by high-fluid diet - Times Online
Hydration Diet woman awarded £810,000 damages - Home News, UK - The Independent

この事件の致命的にやばいポイントは、大量の水を飲ませるとともに塩分の摂取を控えさせたこと。
別に栄養士でなくとも、ある程度スポーツをしている人間ならこれがどれだけ危険なことか分かるはずだ。
当たり前だが、こんなことをすると体内のナトリウムイオンが流出する一方になり、重篤な低ナトリウム血症を引き起こす。
記事によれば被害者は毎日2〜5リットルの水を飲み続け、一週間で倒れたとのこと。
以前水の致死量の記事を書いたことがあったが、これはかなり危険なラインだと思う。

関連ニュースを読んでいて「ああ、やっぱり」と思ったのだが、この裁判の被告人Barbara Nashは"privately trained nutritionist"すなわち自称栄養士に過ぎず、きちんと体系的に栄養学を学んだ人間ではないようだ。
テレグラフの記事にはこうある。
Unlike doctors, dentists or dieticians, nutritionists do not have to be on a formal register to practise in Britain.

Groups representing established nutritionists have lobbied the Government to introduce compulsory regulation and have even set up their own voluntary lists.

But under current laws anyone could set themselves up as a nutritionist or nutritional therapist with minimal qualifications.

日本で「栄養士」といえば厳しい試験のある国家資格だが、英国でこれに相当するのは"Dietician"で、栄養士(nutritionist)や栄養セラピスト(nutritional therapist)は誰でも名乗れてしまうのだそうだ。
そしてそれが事件につながった。
このあたり日本とはかなり事情が違う部分だろう。

彼女のサイト"Nutritional Therapy and Life coaching - Barbara Nash"は既に閉鎖されているが、向こうのウォッチャーのブログによると、かつては名万円もの値段でジューサーやミキサーを売りつけるぼったくり商売もしていたようだ。
かなり典型的なニセ科学商売だったようだな。
the quackometer: Alleged Victim of Oxford Nutritionist 'Detox Diet' wins £810,000

Barbara Nash appears not just to offer detox diets but also sells on her web site kitchen smoothie makers, blenders and juicers that cost more than a thousand pounds.

Anyone can call themselves a nutritionist. Only Dietitians are guaranteed by their training and professional memberships to be fully competent in what they do. Sadly, the proliferation of under trained and badly trained nutritionists is growing unchecked. Universities are in on the act taking money from students to train them as 'nutritional therapists'. Such degrees, from the likes of the University of Westminster School of Magic, are a disgrace. Privately owned colleges appear to offer legitimate diplomas, but their standard of training is unchecked.

But the TV and the Sunday supplements are full of the stupid and dangerous advice about detox and vitamin pills and superfoods and allergy tests. It is quack nutritionists, rather than medical dietitians, who own the media and the attention of the public. It is a handy commercial partnership of supermarkets, quacks, health shops and pharmacies selling pills and tonics and books and over prepared foods.

イギリスではチャールズ皇太子が代替医療に入れ込んでいることもあり、かなり怪しげな代替医療が蔓延っている。
テレビや新聞の日曜版に怪しげな医療の特集にあふれているというのは日本もあまり変わらないが。
イギリスでは最近その反動が一気に吹き出ているのだが、ぜひともこのままニセ医療を根絶するところまで持って行ってもらいたい。
なんせ日本もホメオパシーだのアーユルヴェーダだの、あっちから輸入されてくるニセ医療には事欠かないからな。
ちなみに今回紹介したこのブログ、ヨーロッパのニセ医療を手広く扱っているのでかなりお勧め。


◆関連記事
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この記事へのコメント
  1.  イギリスで代替医療が蔓延している背景として、イギリスの医療崩壊は触れておいた方がいいかな?と思います。日本もイギリス型の医療崩壊を起こす可能性が高いと判断している人もいますし。
  2. Posted by lets_skeptic at 2008年07月29日 09:07
  3. 日本の場合、栄養士の免許を持たない者が栄養士または類似の名称を用いて栄養の指導に従事することを業とすることは禁じられています(栄養士法第六条)。罰則は三十万円以下の罰金です(栄養士法第八条)。しかし、それだけです。栄養の指導を行うことそのものには何の制限もありません。素人のでたらめ栄養指導への歯止めにはなっていません。
  4. Posted by かも ひろやす at 2008年07月30日 02:40
  5. 似たような話なら国内でも数年前にありましたよ。
    ソースは読売新聞の読者投稿コラムですが。
    投稿者の祖父の食事について「塩分を控えよ」と医師だか栄養士だかにアドバイスされた投稿者が、
    徹底的に塩分を抜いた食事を与えたところ、
    祖父がナトリウム欠乏症で体調を崩してしまった、
    何事も程度問題ですよね(笑)、というような感じで書かれていました。
    呆れたらいいのか、それともこちらも笑っとけばいいのか…。
    患者とのコミュニケーションが取れない医療問題か、
    暗記するだけで身に付かない学校教育の問題か、
    短いコラムなのに、読んだおかげで妙に疲れてしまいました。
  6. Posted by きり at 2008年08月04日 18:08
  7. べっ、べつにアンタのために教えるんじゃないからね!(人・ω・)♪ http://gffz.biz/
  8. Posted by age at 2011年12月10日 11:00
  9. あの大腸菌の再現実験はどうなっただろう?
    再現実験、再現実験……
    この言葉、はっきり言って、ゲンナリ
  10. Posted by torisugari at 2011年12月18日 09:02
  11. 1.PNASという三流科学誌に掲載された論文?(感想文と言った方が良いだろう)で大騒ぎして墓穴を掘った黒影くん、原菌株とCit+の個体のゲノム配列の比較、その解析結果を知っているのかな^^

    進化が現在進行形で行われているって^^いやしくも現役の分子生物学者にこんなお馬鹿な主張をされては、ため息を付くしかないよね。何度このお馬鹿なセンテンスに肩をすくめたことか^^
  12. Posted by トーリースーガーリーーーーー at 2011年12月31日 08:20
  13. 厳密に必要量を決めるのは管理栄養士にしか出来ない
  14. Posted by 片柳 at 2017年05月05日 03:00
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