2008年07月14日

極限環境微生物と火星の生命

このブログのプロフにも書いてありますが、私は大学時代微生物の研究をしていました。
ジャンルは環境微生物学なのですが、極限環境微生物にもちょっと手を出していて、これが結構面白かったので今でも勉強を続けています。

極限環境微生物というのは、読んで字のごとく、人間や他の高等動物には到底生存不可能な環境に生育する微生物のことです。
極限環境微生物 - Wikipedia
極限環境微生物(きょくげんかんきょうびせいぶつ)は、極限環境条件でのみ増殖できる微生物の総称。なお、ここで定義される極限環境とは、ヒトあるいは人間のよく知る一般的な動植物、微生物の生育環境から逸脱するものを指す。ヒトが極限環境と定義しても、本微生物らにとってはヒトの成育環境こそが「極限環境」となりうる可能性もある。


具体的に言うと、

-20℃の海中、
121℃の沸騰水中、
pH-0.06の強酸中、
pH12.5のアルカリ性溶液中、
飽和濃度の食塩水中、
水層と有機層が分離するほどの大量の有機溶媒存在下、
1000気圧を超える深海の底、
地下10Kmの岩盤の中、
高度10kmを超える高層大気中、
宇宙空間で直接さらされるレベルの強い放射線存在下

というような、人間ならあっという間に死んでしまうような過酷な環境下においても、
これらの環境に適応した細菌たちは平気で増殖します。

 
 
 
実はこういった極限環境微生物の研究は実はまだ歴史が浅く、本格的に始まってまだ半世紀も経っていません。
つい最近まで研究者も人間の生育可能域(ハビタブルゾーン)の常識に囚われており、
こういった環境で生育する生命体の存在は想像の範疇外だったのです。

例えば古細菌(アーキア:Archaea)の一種で、
Pyrolobus fumarii Strain 121という菌がつい数年前に発見されたばかりなのですが、
この菌は121℃、2気圧のオートクレーブ(細菌を滅菌するために使われる装置)の中でさえ増殖し、温度を130℃に上げてもなお2時間は生存します。
#普通の微生物は121℃のオートクレーブ15分で死滅します。

Strain 121 - Wikipedia
Extending the Upper Temperature Limit for Life -- Kashefi and Lovley 301 (5635): 934 -- Science

だからこの生育可能範囲というのは「現在分かっているだけでもこれだけは」という条件であって、今後さらに拡大されていくことになると思います。


◆極限環境生物のインパクト
極限環境微生物の発見は生物学に二つの大きな変革をもたらしました。
一つはイクストリーモザイム(極限酵素:Extremozymes)と呼ばれる熱やpHなどに強い耐性を持つ酵素の産業利用です。
それまでは酵素というのは熱やpHの変化に弱い、極めて用途が限られるものというのが常識でした。
しかしイクストリーモザイムが発見されたことにより、酵素の工業利用可能な範囲が大いに広がり、今では食品、化学、工業方面で欠かせない素材として用いられるようになっています。

もう一つはバイオテクノロジーの発展です。
イクストリーモザイムはバイオテクノロジーの発展にも大きく寄与しています。
現在は当たり前のように使われているPCRですが、昔はDenaturingの際に酵素が失活してしまうため、伸張反応のために毎サイクル酵素を追加しなくてはなりませんでした。
今のようにサーマルサイクラーにセットすればよいだけという簡便なPCRが可能となったのは、極限環境微生物の研究によって100℃でも失活しないポリメラーゼが発見されたためです。
また、耐熱性をはじめ酵素の様々な耐性機構の研究が盛んに行われるようになったことで、既存の酵素に耐熱性や耐pH性を付与して工業利用を可能にする研究も進み、産業利用にフィードバックされています。


◆宇宙生物学への影響
極限環境微生物の発見がもう一つ大きなインパクトを与えた分野が、宇宙生物学の研究です。
宇宙生物学 - Wikipedia

これまで太陽系外惑星が生命を育むことが出来るかどうかの条件判定は、地球の生物と気候をもとにして考えられており、平均気温15℃付近の極めて限られた温度帯を想定していました。しかし地球上で様々な極限環境微生物が発見されたことにより、生命の存在可能な範囲というのが従来考えられていたよりも数倍は広いことが明らかになりました。

バイキング計画で火星に生命の痕跡を確認できなかったにもかかわらず、フェニックス計画で再び生命探査のミッションが追加された理由の一つも極限環境微生物の存在にあります。
もし火星の地下に液体の水が存在すれば、そこに微生物が存在する可能性は大いにありえるのです。
既に火星の土壌が生命をサポートするのに十分な条件を揃えていることは明らかになっています。
火星の土壌は「家庭菜園」を作るのに適している(惑星探査) / 科学ニュースあらかると - 火星探査
もうすぐ火星の氷の内部の有機物の有無も調査が終わるはずなので、発表内容が楽しみです。

フェニックス (探査機) - Wikipedia
Can the Martian arctic support extreme life? - Yahoo! News
Scientists hope experiments by the lander will reveal whether the ice has ever melted and whether there are any organic, or carbon-containing, compounds.

"We're looking for the basic ingredients that would allow life to prosper in this environment," chief scientist Peter Smith of the University of Arizona in Tucson has said in describing the mission's goal.

The discovery of extreme life forms, known as extremophiles, in unexpected nooks and crannies of the Earth in recent years has helped inform scientists in their search for extraterrestrial life.

"It's very suggestive that there are lots of worlds that may support life that at first glance may look like fourth-rate real estate," said Seth Shostak, an astronomer at the SETI Institute, a nonprofit dedicated to the search for extraterrestrial intelligence.

While the possibility for ET seems to grow with new extremophile discoveries on Earth, the truth is there's no evidence that life ever evolved on Mars or if it even exists today.



◆関連記事
うちのブログでは火星の生命の可能性についてはブログ開設当初よりずっと追いかけています。
興味のある人は合わせてどうぞ。

幻影随想: 火星は死の星ではなかった?
幻影随想: 果たして火星に生命は存在するのか?
幻影随想: 地球の岩石がタイタンに生命を運んだ可能性
幻影随想: 次期火星探査計画
posted by 黒影 at 00:37 | Comment(6) | TrackBack(0) | サイエンスニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
  1. 生物の定義自体に影響する分野ですね。非常に興味深いです。

    前にも何かの雑誌で(日経サイエンスかな?)、これまでの生物とは異なる代謝経路を持った生物がいないか、といった研究が紹介されていました。
    『細胞』という単位が内包する機構には今考えているよりもっと幅広い可能性があるのだな、と感じました。

    因みに私は農学系の勉強をしていて、ウイルスに興味があるんですが、安定性が異常に高いウイルス粒子の研究なんかもあるんでしょうか?
    作物の病原ウイルスですと、タバコモザイクウイルスやスイカ緑斑モザイクウイルスといったものが土壌中でも分解されず、根に接触すると感染することが知られているんですが、熱水処理などで分解されるようです。
  2. Posted by hata at 2008年07月15日 14:01
  3. 本当に単なる疑問なんですが、「-20℃の海中」ってどこなんだろうと考えたら、わからなくなりました。海氷中?
  4. Posted by すん at 2008年07月16日 01:01
  5. >hata さん
    >安定性が異常に高いウイルス粒子の研究なんかもあるんでしょうか?
    今知られているものなら、A型肝炎ウィルスが60度一時間の加熱に耐えたり、
    ヘパドナウイルスというのが60度数時間の加熱に耐えるようです。

    理論的には超好熱のウイルスがいたとしてもおかしくないので、深海のホットスポットを探せば超好熱細菌に感染するファージとか見つかるんじゃないでしょうか。

    >すんさん
    はいそうです。変な書き方ですみません。
    こちらがその論文なのですが、-1℃以下の温度での実験は、一度液体窒素で凍らせた後それぞれの温度で調べたと書いてあります。
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16647051?ordinalpos=1&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_DiscoveryPanel.Pubmed_Discovery_RA&linkpos=1&log$=relatedarticles&logdbfrom=pubmed

    この菌は南極の氷の中から良く見つかるので、それで調べたみたいですね。
  6. Posted by 黒影 at 2008年07月16日 02:03
  7. あーいつぞやのマコモ菌ってのもここに含まれるんでしょうね。信者の言ってる事が事実なら。
    最も、極限状況で活動可能にも拘らず平常化でも増殖するスーパー細菌って事になりますけどw
  8. Posted by 通りすがり at 2008年07月16日 23:08
  9. 意外と人間も死なないでびっくりなこともあります。
    湿度さえ低ければ90度に耐えられたり、数秒間なら
    0.02気圧でも生存可能だそうです。
    深海100m素潜りも行えますし(特定の人は)
    人間も意外とやりますよ。

    逆にそういう極限状況下で生存している細菌に
    とっては、我々が住んでる環境では生育は
    厳しいかもしれません。
  10. Posted by キ〇〇シMK3 at 2008年07月18日 01:56
  11. ありがとうございます。
    A型肝炎ウイルスってすごいんですね・・。
    薬なんか飲まずに熱出して汗かけば治るみたいな甘い考えをぶっちぎってますね。

    超高熱細菌に感染するウイルスが見つかったら面白いですね。単離・精製が若干難しそうですけど、ナノテクノロジーの材料なんかに使えそうですね。
  12. Posted by hata at 2008年07月19日 22:12
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック